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フードファイター、倒れる
今度は、ダンの手が止まった。
ダンの時計は、今2時間と48分。1口でも食べなければ、間もなく失格となってしまう。
「おい、ダン」
デイビットが叫ぶ。
「とにかく、一口でいいから、食べるんだ」
「……」
その言葉に返事はなく、ただ、ダンはその場に硬直しているだけだった。
ダンの青ざめた顔が、動くことなく皿を見つめ続けている。
時間が、刻々と過ぎていく。
「食べるんだ、とにかく、食べるんだよ!」
その声にダンの手が、少しずつ動いていく。
「ダン!」
ぶーっ、と耳を裂くような音が会場に響き渡った。
「ダンさん、失格です」
ビストリアンがそう告げる。
「ダン……」
ダンは、音も立てず涙を流していた。その涙は止まることなく、やがてダンは声を上げ会場に響き渡る大きな声で泣き出した。
そして意識を失った。再び担架が現れ、ダンは別室に運ばれていった。
残るは、リン、デイビット、そしてぼくの3人となった。
残る皿は、ぼくたち自身のものと、エミールが残した半分、そしてダンがのこした1/4程度。
「おれは、もう食べ終わるぜ」
デイビットがそういうと、自分の机にあった最後の皿を片付けた。
会場が歓喜の声と拍手に包まれる。
「まずは、エミールからだ」
そういって、デイビットは、エミールの席へと向かっていく。
ぼくももう少し。もう終わりが見えている。
あと10皿。
「リン、大丈夫か」
ぼくは、リンに声をかける。
先程から、急激に速度が落ちている。
「話しかけないで」
リンは小さな声で、そうつぶやいた。
リンの残りの皿は5枚。ぼくよりも早い。
デイビットが、重たい体をひきずり、やっとのことで、エミールの席にたどり着き試合を再開した。
もう、ぼくたちの身体は、確実に限界を超えていた。
リンが、最後の一皿に手をつける。
すでに顔が青ざめている。
「リン」
「うるさいわね……」
苦しそうな呼吸をしながら、リンがそう応える。
「負けないわよ、絶対」
リンの呼吸が、徐々に激しくなっていく。
そして、
「あああああああっ」
会場が再び悲鳴に包まれる。
リンが机に倒れていた。
「リン」
ぼくは、かけよることもできない。
「もう少しでしたのに」
ビストリアンが、上空に現れる。
「リンさん、失格です」
「くそっ!」
残るは、デイビット、そして、ぼく。
ぼくは、自分の最後の皿を片づけた。
そしてゆっくりとエミールの席を目指して歩いていく。
一歩踏み出すごとに、中のものがあふれそうになる。
ぼくはデイビットの隣に座り、試合を再開する。
デイビットは目を見開き、まるで叫んでいるかのように、料理に喰らいついていた。
エミール卓の食べ終わった皿がどんどんと積みあがっていく。残りが見えてきた。
もう少し、もう少しだ。
そこで、デイビットの手が止まった。
デイビットは、鼻から、口から、不安定なリズムで、息を吐き出しては、吸いこんでいた。
顔は青ざめていた。
それでも、デイビットの瞳から戦う意思がなくなることはなかった。
「おれが、ナンバーワンだからな」
小さく、デイビットがつぶやいた。
そういうと、デイビットは皿をつかみ、一気に口の中へと料理を流し込んでいった。
「次」
素早いペースで、皿がデイビットの前に配膳されていく。
「次」
デイビットは、止まることなく、食べ進めていく。
「おれが、ナンバーワンなんだよ!」
デイビットの声が会場に響き渡った。歓声がデイビットを包む。
そして、エミール卓の最後の1皿を流し込み、デイビットは意識を失った。
残るは、ぼくひとりとなってしまった。
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