(2)睡芳寺にて

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(2)睡芳寺にて

 せっかくの遠足だというのに雨が降っていた。梅雨の時期であるから、しょうがないといえばそうなのだけれども、やはり遠足には晴天がもってこいである。  中学一年の社会科見学という名のもとの遠足先は「鎌倉」であった。各班は集合場所から長谷寺まで他の神社や仏閣を巡りつつ目指す。  幸谷は、テーマパークや遊園地等の雰囲気よりもこのような落ち着いた空気が好きだった。いくつか神社仏閣を観光するが、睡芳寺は唯一ラッキーだというべきだろう。ここは雨天時の方が景色が良いという話である。  班の他の子は、こういうものにはあまり興味がないもののようで、行き先、ルート、全て自分の独断で決められた。  自分の行きたい場所ばかりだが、皆には楽しんでもらいたい。  鶴岡七幡宮を出発し報谷寺へ、大町通りに戻り、昼食をとって北鎌倉駅に降りて睡芳寺や健張寺を回り長谷寺へむかう、はずだった。  観光計画は前もって授業内で各班作成しする。時間的に無理でないかどうか業者さんに確かめてもらえる為、よほどの事がない限り時間のやりくりに困ることはない。けれども予定よりも遥かに遅れている。  理由は明らかだった。皆花より団子という様子で大町通りのお店からお店まで寄り道し、当初の計画を根本的に変えている。 「なあ、もう時間がまずいんだけど・・・」 「仕方がないじゃない、雨よ、雨宿りしたいわ」  雨宿りの割には食べ歩いている時間が長い気がするが・・・。  仕方なく報谷寺を断念し鎌倉駅に向かう。 「永嶋君!最初はそっちじゃないよ」 「皆が、食ってばっかりいるからだ。時間まで食ってるんだぞ」  班の菊地は、あっそうと言うとまた他の女子とはしゃいでいた。幸谷はため息をつく。  彼女は班長のはずなのだが・・・。     ◆  睡芳寺に着いたときには、雨が上がり薄い雲から木漏れ日が差していた。周りには雫がのった紫陽花が光を柔らかく放っていた。石段を上ると庭木の中にお地蔵様が何体が佇み、睡芳寺に向かって道が延びていた。 「わあ、きれいね。お寺はどうでもいいけど、周りの草花が素敵だわ」 「お寺も十分感動してよ」 「うーん、どうかしら? 建物よ」 「十分風情があると思うのだけど・・・」 と言いつつ、幸谷自身も風情がどうとかあまりピンとは来なかった。  ただこのような歴史的な神社仏閣には厳かな雰囲気が漂っていて、目の前にいるだけで心が落ち着き、浄化されたような気持ちになる。 「ちょっと観光らしく写真とっておきたいけどいいかな?」 「いいよ、じゃあ十分程度時間をとりましょう」  菊地の合図に各自別れた。植えてある紫陽花を見に行った子もいれば、お寺の中を覗く子もいる。  幸谷は来た道を引き返す。石段の手前で本堂に伸びていく道を一つ、辺りの紫陽花とお地蔵様をセットで一つ、写真に収める。もう一度本堂の前に行きもう一つ撮る。  撮った写真を確認する。何気なく本堂の横をみると、生い茂る紫陽花のなかに屋根が写っていた。その場所に近づいて見てみると小さな祠が埋もれていた。よく見ると、脇には石畳では整備されていない道が祠の裏へ続いていた。  きっと祠周りの手入れを怠ってから誰も通らなくなったのだろう。  周りの草花が少しばかり道を塞いでいた。葉の隙間から覗くと、お地蔵様が正座していた。普通立っているものが多いだけに、その珍しさに気を引かる。葉をどかして祠の後ろにまわった。周を囲うのに大人三人分の腕を広げる必要がありそうな立派な木が立っていた。その木の前にお地蔵様が手を合わせて座っている。  カメラを構え、パシャリと撮る。なぜ手入れされていないのか気になったが、その様子に感心していると、木の裏手に誰かがいることに気づいた。 「・・・・」  人がいた。しかも、古びた着物を着ている。生を宿していない目で空を見つめていた。明らかに尋常ではない。幸谷はただならぬものを感じ、静かに後ずさる。しかし、死んだ目が空から横に追って幸谷を捉えた。 「あっ・・・」  この瞬間、幸谷は呪われたこと覚悟した。男の口が開く。 「ミエテルノカ」
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