10人が本棚に入れています
本棚に追加
/59ページ
(4)囚われた男②
集合時間から十五分遅刻していた。電車を降りてからというもの、時間的余裕がないため走り続けている。最悪な事に、最寄りではなく一つ先に降りてしまったのだ。その為、目的地までの距離は倍以上。また、傘と途中で買ったおみやげが厄介物となる。
幸谷は睡芳寺を出発してから、やけに体が重く感じていた。皆が車窓からの風景を楽しむ中、電車で少し仮眠したつもりだった。ハッと起きると丁度扉が閉まる寸前。皆はここが降りる駅とも知らず座っている、という次第である。
幸谷の中に焦りと苛立ちがこみ上げる。それを言葉に表したのは、高崎 琢磨だった。
「まずいぞ。こりゃお叱り決定だ、班長!」
電車を降りてからずっと走り続けているのに息が上がる事なく話せるのは、彼が陸上部で長距離の若きエースだからだろう。
高崎の言葉に答える人は誰もいなかった。いちいちうるさい班長もこのときばかりは眉を少しばかりつり上げるだけだった。
石段をかけ上がる。上で待っていたのは、腕組みし仁王立ちする担任の山本先生だった。後ろにはクラスの子が整列して並んでいる。
「集合時間に遅れるとはどうしたんだ?」
せっかくの楽しい遠足の跡を濁すという結果が目に見える。幸谷は、頭を垂れながら息を整える。隣では菊地が息を切らしながらも弁解をしていた。
「いやー、降りる駅、、間違えちゃってー。それも二回、、くらい、電車行ったり、、、来たりしてましたー。」
他の女子も菊地に応戦する。
「焦ってたら、連絡忘れてましたー」
幸谷の耳に弁解の言葉や息切れに混じってある音が聞こえた。
ザッ ザッ ザッ
地面を歩く音だ。近づき、ハッキリと聞こえてくるほど他の音や声が遠くなる。
それは、山本先生の後ろで止まった。幸谷の目には、先生の靴とその後ろに薄汚れた足袋が映った。その足袋には見覚えがある。顔をあげる。
「忍!!」
「・・・・」
皆が幸谷に向き、静まり返った。
~一時間ほど前:睡芳寺~
また、一人になった。だが、これまでの一人とは違った。孤独ではない。それは、今まで過ごした時間から考えると、きわめて短い時期の事であるが、俺が見えている奴と会うことができた。話も出来た。人との繋がりを感じるということがどれだけ嬉しい事だろう。あいつは、また来ると言っていた。本当にまた来るかは分からないが、そう言ってくれるだけで嬉しくて何年も何十年も待ってしまうだろう。
たとえ何百年と経ち、彼がいない事は明らかだとしても彼と同じように俺が見えている人が少なからずいるという希望を持てる。
変な地蔵を立てた坊さんといい、見えて話も出来たガ・・・少年といい、周期は吐いてしまうほど長いが良い流れである。つぎは、この呪縛を解いてくれる奴が来るのだろうか。
紫陽花に囲まれ、天は大きな木によって遮られる。垣間見ると明るめの灰色と薄い青が居座っている。忍の目には昨日や一昨日と同じ景色が映っていた。けれども、心なしか忍にはいつぞやのどの風景よりも明るく見えていた。
「うん・・・?」
首もとに違和感をおぼえる。手で首もとを擦るが、いたっておかしな所はない。すると、徐々に後ろへ引っ張られる感じがした。あたかも首輪がつけられているような感覚である。忍はありもしない首輪を掻き探る。
引く強さが止まった
そう思った次の瞬間、
「・・・・っ!!」
とてつもない力で引っ張られる。忍は後ろへ倒れ込む。首を押さえ、その場に留まろうとするが、虚しくも引きずられていく。そのスピードと強さは徐々に増していった。
正座し微笑む地蔵が視界に入る。
忍は引きずられながらも体制を整えた。目の前に祠の裏側が見えた。
忍にかかった封印の結界は、いつももたれ掛かっていた大樹から祠までの距離を半径とした範囲であった。
このままでは結界にぶつかってしまう。見えないものによる圧殺なんて勘弁だな。せっかく希望を持てたのに・・・
忍の踏ん張りも虚しく一向に強くなるばかりの力。目を閉じた。あの少年の顔が浮かぶ。あの子は何も知らず、またここにやって来るのだろうか?俺が望みもしない形で死んだことを知らずに・・・
ーーーーーーーーー
あまりにも死ぬのに時間がかかりすぎる。それどころか、結界にぶつかる衝撃がない。目を開ける。自分は引っ張られるように走っていた。一瞬、忍はここが何処だか分からなかったが、すぐに理解する。結界の外だ。そして、今自分は尋常ではない速さで走り、石段の最上段から跳んだ。
忍は前のめりにゆっくり落ちていきながら飛距離を伸ばしていく。地面が近くなる。軽やかに片足で着地する。どういうわけか自分の意思ではなく勝手に体が動いている。
忍は、流れに自分の身を任せる事にした。勝手に判断してくれるだろうと思ったのだ。
これは便利だが、無き我が身が悲鳴をあげるだろう(本当にあげるかはわからないが)。早く事を把握しなければ・・・
目まぐるしく変わる周りの風景に目を凝らす。想定はしていたが、自分の知っている風景は無い。様々な建物があり、驚いたことに動きの遅い箱が道の真ん中にたくさん並んでいる。
ふと、前を見る。目の前の電柱をぎりぎりのところで避ける。
至るところに鉄の棒が生えては・・・これは気を散らせんなあ。さて、どこに向かっているのか?
しばらくして、自分を引っ張る謎の力は弱くなり消えた。しかしながら体に心身を任せる(すなわち「無意識のうちに」)と、勝手に引き寄せられていく。
意志を持っていれば多少は自由が効くらしい。この身体の目的には自然とたどり着くことだろう。その前に、この風変わりな時代を少しばかり渡ってみるとしよう。
忍は鎌倉の町を散策した。狭い空間の中で空だけが変遷を語るものだった。自分の知っているものは僅かに残す自然だけで、人が着ている服も車や電車も新鮮だった。一通り回った後、身体の向く方へ歩く。
着いた先では、多くの子供たちが並んでいた。奥にある階段の前で大人が一人仁王立ちしている。その大人の方へ向かっていく。
階段から子供たちがかけ上がって来るのが見えた。一人に見覚えがある。
・・・あの少年だ
事情を察した。恐らく俺はあいつに向かっているのだろう。どういうわけかあいつに取り憑いてしまったらしい・・・・
ザクッ ザクッ ザクッ
少年が忍に気づく。
「忍!!」
「・・・・」
皆が少年に向き、静まる。
「よう、お前さん。やってくれるな」
忍はニヤリと笑った。
最初のコメントを投稿しよう!