8人が本棚に入れています
本棚に追加
以前一度だけ自宅に送ってもらったことがあったが、あの一回で住所を覚えたというなら、朔夜の記憶力は大したものだ。聞こえない程度に感嘆を吐き出す。
「わかりました。着替えたらすぐ行きます」
家の前に来ているというのだから、延々と待たせるわけにもいかないだろう。通話を切り、適当な私服をプラスチック製チェストの中から引っ張り出して着替える。残暑もようやく過ぎ去り、朝晩はやや冷えるようになってきたので、長袖の羽織に袖を通してから、自室を後にする。
母屋を回っていくと物音で祖父の泰正が起きてしまうかもしれないから、離れと母屋を繋ぐ外廊下の脇に置いてあるサンダルを履いて、庭へと降りる。
裏木戸から外に出ると、言葉通り、家の正面に朔夜が立っていた。気配で気づいたのか、声を掛ける前に、朔夜がこちらに歩み寄ってくる。
「よぉ」
「どーも。なんだってこんな時間に」
直球に質問をぶつけると、不本意だと言わんばかりに朔夜が後頭を掻いた。
「……頼まれたんだよ」
ぽつりとそうこぼすと、朔夜はフィと顔を背けた。どうやら、ここに来たのは朔夜の意思ではないらしい。
「頼まれたって……誰に?」
「お前のダチだっつーちょんまげチビとキツネ目野郎」
意外な人物の名が列挙されたことに驚く。
月冴ならともかく、前者二人と朔夜は直接の面識はなかったはずだ。
いや、朔夜は学校でちょっとした有名人だから、朔夜は知らないとしても、相手の二人は朔夜のことを知っているのかもしれない。
それにしても、すごい覚え方だ。他人の顔と名前を一致させることが苦手な俺ですら、亮平と昭彦のことをそんな風に呼んだことはない。
上には上がいるものだ。
最初のコメントを投稿しよう!