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「ごめ…ばあ…ちゃ…」
嗚咽しながら、声を出す。
祖母は、顔をしわしわにして、クシャっと笑った。
何度も『いい子』と言われた。
胡桃の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃでーー
「おばあちゃん…ちょっと…すぐ、トイレ行ってくる…あと、話そう…ね」
祖母は、うんうんと頷いて、優しく微笑んでいた。
ほんの5分後、胡桃がトイレから戻ると、祖母はまたうつろな目をして天井を見ていた。
ちょうど、巡回に来ていたスタッフが、祖母の血圧やら体温やらを測っている。
「あ、こんにちは。」
テキパキと動きながら、にっこり胡桃に笑いかける。
「柿崎さん、今日は『胡桃ちゃん』が来てくれて、よかったですねー!」
ーー私の名前…?
スタッフの声掛けにも、祖母は無反応だ。
「…さっき…話したのにな」
思わず胡桃がぼそっと言うと、スタッフは胡桃を見て、微笑んだ。
「一日の中でも、気持ちが『ここ』に戻っていて『繋がる』時と、今みたいに意識だけどこかに行っているような時があるんです。話せたなら、よかったです。
ご家族が帰った後でも、しっかり話せるときもあるんですよ。
初孫の『胡桃ちゃん』のことは本当によくお聞きしています。
ご本人の中でも、認識としては、『胡桃ちゃん』が赤ちゃんの時もあるし、中学生の時もあります。うまく言えないんですが、色んな時代に行っている、というか…。
私たちの仕事は、たとえ出来ないことが増えても、少しでもその方がその方らしく、自分の力を発揮して生きられるように、少しでも笑顔で過ごせるように、役割を持って喜びを感じていただけるように、最後までお手伝いさせてもらうことなんです」
ーー喜び…笑顔…その人らしく…
「…それで、私の名前を知っておられたんですね…」
スタッフはまたにっこり笑った。
「はい。
高齢者も、私たちと一緒で、『誰かの役に立ちたい』と思って生きています。
私もよく相談に乗ってもらいました。
うふふ…早口で話しすぎましたね…。
お孫さんも、毎日お忙しいと思いますが、今日は来てくださって本当にありがとうございました。
仮に今日のことを柿崎さんが忘れてしまっても、『嬉しい』気持ちは心に残りますから」
胡桃は祖母を見つめた。
祖母はまだ、ボーっと天井を見ている。
スタッフと目が合った。
彼女は会釈すると、忙しそうに隣のベッドに向かっていく。
胡桃には、スタッフの笑顔が、眩しかった。
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