飯テロ

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飯テロ

私が「要町食肉(かなめちょうしょくにく)センター」という焼肉屋を知ったのは、3日前のことだった。 会社の飲み会にて、部下が急に「コスパ最強の焼肉屋がある」と(うそぶ)いたのだ。 そのお店は、基本的にメニューは1つのみ。 その1つとは、60分焼肉食べ放題コースで、更にそのお値段はなんと800円だと言う。 最初にそれを聞いた時は、馬鹿げた話だと思った。 800円でランチの焼肉定食が食べられるというならまだわかるが、食べ放題ともなれば、大食らいの客が来るだけで店側の儲けなどないに等しくなる。 更に言えば、客は1時間もの間拘束されてしまうので、店の回転率も落ちることになり、とてもじゃないがその価格帯でやっていけるとは思えない。 そんな意見を部下にぶつけたところ、実はカラクリがあると彼は白状した。 通常、焼肉屋は間に問屋を挟んでから肉の発注をするものだが、この店は畜産・加工・店舗までの流通全てを自社で手がけているので、余計な中抜きなく客に提示することができるのだ。 また、筋や骨が多くて一般的には食べれたものじゃない「屑肉(くずにく)」と呼ばれている肉も店に出すことで、極限までコストを抑えることで、この価格帯で提供できているのだという。 ということで、相対的に考えれば――肉の美味しさ的には高級店が出すものには劣るが、それでもコストパフォーマンスで考えれば800円とは思えないクオリティのものが食べ放題になるということで、最高に近い評価を受けているらしい。 大の焼肉好きの私としては――そんなことを聞かされては、行かずにはいられないではないか。 そんなことを思いながら、思い立ったが吉日とばかりにその店に行くと、すぐさま店内に通された。 古い雑居ビルの2階。 外観はお世辞にも綺麗とは言いがたく、大きな地震でも起きれば今にも崩れ去りそうだ。 店内の広さは20坪程度だろうか。 ざっと見渡して20席ほど存在し、カウンターとテーブル席に分かれている。 お昼時は確実に並ぶと言われたので、少し時間を外して11時ごろに訪れたのだが、それでも店内はすでに大勢の客で埋まっていた。 後ろにも続々人が集まっており、どうやら私で満席になり、それ以降は並んでしまうようだ。 運が良かったなと思いつつ、私は周囲の客を観察する。 様々な年齢層の者がいたが――その全てに共通しているのは、爛々と目を輝かせ、我を忘れたように肉を焼き、貪り食っているところだった。 あの焼肉は、そんなにまで美味しいのだろうか……。 彼らの表情、肉の匂いで満たされた空間、ぼんやりと漂う湯気……。 それら全てが蠱惑的(こわくてき)で、思わず喉を鳴らしてしまう。 「いらっしゃいませ。当店のご利用ははじめてですか?」 ――と、そんなことを考えていると、愛想のいい店員が話しかけてきた。この店は、初めての客にはまず店のシステムを話すことにしているのだという。 「ええ、初めてです」 「そうですか。それでは当店の説明をしますね。 当店は60分食べ放題のコースしかメニューになく、お値段は800円となっております。そして、コースの詳細は、全部で4種類のお肉に分かれています。 まずはタン。舌のことですね。一般的には塩で召し上がられることが多いですが、うちはタレでも美味しく頂けます。 次にモモ。足の部位で有名ですね。こちらはゴマだれのみを推奨していますので、そちらをかけてお召し上がりください。 お次はレバー。モツのことで、当店では毎朝とれたてを直送しているので、レバーにありがちな臭みなどが全くございません。ぜひ塩でご賞味ください。 最後は、ハツ。心臓ですね。コリコリとした食感がたまらない逸品です。 また、副菜としてご飯とオニオンサラダも注文でき、こちらもおかわり自由となっております。肉だけに飽きた際はこちらもぜひご注文いただければと思います!」 長々とした台詞を一気呵成 《いっきかせい》にまくしたてると、店員はにっこりと営業スマイルを浮かべた。 「その他、何かご質問は?」 「食べ放題の時間の告知などはあるの?」 「5分前にラストオーダーの告知だけさせていただきます。 それ以外は特になしです。あ、ただし食べ残しは厳禁で、残された場合は別途その分の料金を請求いたしますのでご注意ください」 ……ふむ、なるほど。 たしかに、食べ放題だからといって頼みまくった後に残されては無駄に廃棄することになってしまうからな。 私は、了承した旨を告げると、まずはタンを頼む。 経費削減の為、この店では基本的にアミ交換は行なってくれないそうなので、まずは油が少ないものから順に頼んでいくことにしたのだ。 すると、5分もしない内にそれは届けられた。 赤々と輝くタンの盛り合わせ。 既に塩で味付けされているそれをトングでとると、(あらかじ)め中火で温めておいた網に乗せていく。 ジュワァァ、という音とともに肉が焼ける香ばしい匂いがしてきた。 焼けたのを確認すると、裏返して逆も丁寧に焼いていく。 やがて両面がきちんと焼けたのを確認すると、ほかほかのご飯にそれを乗せた。 焼肉は肉だけを食べるものであり、ご飯などの炭水化物は邪道という者もいるが、私はご飯がほしいタイプなのだ。 無論、肉だけで食べる派の者を否定するつもりはないが、脂っこいものばかりではやがて胸焼けするし、何よりタレや油が染み込んだご飯はそれ自体が凶器のようなもので、とても食欲をそそるのだ。 更に言えば、石焼ビビンバなどと一緒に食べる肉の美味さは、それはもうヤミツキになるほどで、一度食べてしまえば最早肉のみの焼肉など考えられないというものだ。 そんなことを思いながら、そのままタンでご飯をくるむように箸で掴むと、一口で飲み込む。 瞬間、口内で肉汁が弾けた。油の少ないタンでありながら、ぎゅっと引き締まった身が口の中で蕩ける。 そこに炊きたてご飯の旨みが加わり、絶妙なハーモニーを奏でていく。 その感覚に酔いしれながら、私は無我夢中で肉を咀嚼(そしゃく)していった。 「ガツガツ……もぐもぐ……ごっ、くん……」 これは―――素晴らしい……。 私はうっとりとした顔で天を仰ぐ。 肉自体は、事前に聞いていた通り高級なわけではない。 A5肉や、サーロインやリブロースのような高級部位でもない、ある意味どこにでもあるタン塩である。 が、それがなぜか一段と美味く感じられるのはなぜだろう。 もちろん、コスパの問題もある。 だがそれ以上に、雰囲気に酔っているところもあるのだろう。 この場末の安い雰囲気漂う焼肉屋で、テーブルマナーなどを気にせず、ただ無心で肉をがっつく……。 幼少の頃、周囲に気を配ることなく食らい続けていたあの感覚が蘇り、柄にもなく胸が熱くなる。 そんな感覚に酔っているのだろうか――そんなことを思いながら、気づけば、私は店員を呼んで次の注文をしていた。 次は、ハツだ。 タンよりは分厚いそれを頼むと、網に並べて焼いていく。 そうしてこんがりと焼けたそれを、タレにたっぷりとつけた上でご飯の上に置いていく。 「ふふ…これじゃまるで丼モノだな。ハツ丼とでも名付けようか」 そんなことを思いながら、またもや私は一口でそれらを口に運んだ。 「んっ…!!」 瞬間、自身の心臓がバクンと跳ね上がる音を聞く。 同じ部位を食べることで、気分が高揚しているのだろうか。肉自体の柔らかな食感とタレのふんわりとした甘みが舌を刺激する。噛めば噛むほど口の中に幸せな肉汁が溢れていき、飲み込んだ際には極上の快楽を私に与えてくれた。 「美味すぎる……。これは、止まらないな」 緩む頬を抑えながら、私は、遠慮は無用とばかりに、次から次へと更に注文をこなしていく。 臭みが全くなくすんなりと食べられるレバー、そして脂肪が少なくアッサリ食べることのできるモモ……。 それらも食べ終え、その全てが、及第点以上の味であることを確認しながら口にいれていき――気付けばラストオーダーの時間を告げられるまで、周囲の客と同様に肉を貪り食い続けていた。 1時間後――。 「ふぅ〜。満腹だ。これはたしかに……コスパ最高といっていい店だな」 そんなことを呟きながら、ぽんぽんと膨れたお腹を私はさする。 と、その声が聞こえたのか、店員がこちらに駆け寄ってきた。 「へへ。ありがとうございます。満足していただけたなら嬉しいです」 「満足も満足、大満足だ。職場からも近いことだし、これからはここのリピーターになるよ」 「ありがとうございます。どうぞこれからもご贔屓に」 店員も嬉しそうに笑いながら私の話に相槌を打ってくれる。 「それにしても、君たちのところはいい家畜がいるんだね。聞けば、加工・流通全てを自社で賄っているんだって?」 「ええ。牧場を作ってそこに放し飼いにしてます。そして、毎日必要と思しき量を屠殺(とさつ)し、ここまで直送してる形ですね。一昔前は家畜を手に入れるのにも苦労したもんですがーー今や、この国に元いた生命体は全て私らの家畜ですからね。どれもこれも侵略戦争のおかげですね。アスラ様々(、、、、、)でさ」 そういってその店員と私は、4つある目を見開いて(、、、、、、、、、、)笑った。 ――アスラ人。 太陽系G-46にある「アスラ」という惑星に住む知的生命体。 アスラは、2019年12月、その類まれな科学力を駆使して宇宙船を建造した。 その勢いのまま別の知的生命体が住む地球という星に辿り着き、侵略戦争を仕掛けたるに至る。 無論、地球には「人間」という先住民がいたが、アスラの科学力には勝てず彼らは敗北し、アスラ人の家畜として扱われるようになった。 こうして、地球は4つの目を持ち、6つの手足があり、体表が青白い地球外生命体――アスラ人のものになったのだ。 アスラ人は雑食で、なんでも食べて自身の栄養に還元する事ができる。 だからこそ――人間が使っていた言葉や店名そのまま、この星に「要町食肉センター」――人肉を加工処理して提供する(、、、、、、、、、、、、、)店を出店したのだ。 アスラ人の中でも残酷じゃないかという意見も出たが、人間が同じ行為を家畜(牛や豚と呼ばれる四速歩行の動物のこと)に行なっていると知ると、じゃあいいんじゃないか、自業自得だという論調がまかり通り、すぐさま人間は完全にアスラ人の奴隷・家畜化し、食用として摂取することになったのだ。 「しかし、人間は70億程度しかこの星に住んでいないんだろう? この店は繁盛してるみたいだし、このままじゃどんどん数が少なくなっていくんじゃないのかい?」 「心配ご無用です。生命力が強そうなやつらを交配させ、毎日のように数を増やさせて養殖してますから。今は減る一方ですが、やがて供給が需要を上回る予定ですよ」 店員はにっこりと微笑みながらそんな言葉を返してくる。 「そうか。それならよかった。ふふ、奴らの肉は本当に美味しいからなぁ。このまま絶滅することなく、一生俺たちの家畜でいてほしいものだよ」 「そうですねぇ。人間の言葉はわかりませんが、奴らにもある程度の知能があるようで、屠殺するといい声で鳴いてくれるんですよ。それが思いもよらぬストレス解消にもなりますし、彼らの肉は全て私らの糧となりますし、ほんと人間様様ですわ」 そんなことを言いながら、私たちはがっはっはと笑いあう。 気づけば、他の客も私たちの会話に着目し、口々に人間への感謝と、その味について意見交換を繰り返していた。 「それじゃこれ――お代の800円。 全く、「円」ってのはこの国の通貨だっけ。めんどくさいよなぁ。 アスラ人の通貨『d※–‡å』で払えればいいのに」 「はは。植民地化した国では、しばらく安定するまでその国の通貨が使われることになってますし、仕方ないでしょう」 「ま、そうなんだけどね……いちいち換金所で交換するのも面倒なんだよ」 そんなことをいいながら私は席を立つ。 振り向きざま、店内の厨房を見ると、そこにはバラバラになった人間の胴体が複数吊り下げられていた。 そのまま、コックにタン、ハツ、レバー、モモの肉を包丁で削ぎ落とされて、皿に盛り付けられている。 あの味を知った身からすれば、うっとりするような光景だ。 「ご馳走さま」 最後にそれだけ告げると、私は店を後にした。
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