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その1
自慢じゃないが俺はグータラだ。とにかく働くことなんか考えられねぇ性分だった。
そんな俺がなぜ働こうと思ったかというと、聞かなくてもわかるだろ? 楽に儲けられそうな仕事だったからだ。
求人にあった職場は、薄気味の悪い町外れの洋館。ここはまともな神経のやつは誰も近付かねぇ。晴れの日の昼間だっていうのに霧がかかった森を通った先にある。
バケモノが住んでるって噂もあれば、主人はもう百年も前に死んでるって噂もあった。
だが、
『仕事内容、三食お腹いっぱい食べること。その後、グータラと何があっても眠っていられる方。急募』
こんな俺の為にあるような仕事、やらない訳にはいかねぇだろ。
「ごめんよぉ!」
たどり着いた洋館は、端から見たら薄気味悪いが、近くで見ると割と掃除もされていて綺麗なところだった。まぁ、古いけど。
年季の入った金具の音とともに家主らしい女が顔を出した。
「求人見てきたぜ」
俺がそういうと、老婆の女は俺の足から頭の先までを見渡した。
「さぁ、どうぞ」
合格? 今のが審査だったのか?
返事もねぇのかよ。
「さぁ、どうぞ」
それしか言えないのかって老婆は俺を屋敷の中の部屋へと案内した。
「オオォ!」
漫画の金持ちの屋敷でしか見たことのない細長い机の上に、これまた漫画の世界でした見たことがないような豪華な食事。
「こ、これ食っていいのか?」
婆さんは「ええ」と微笑んだ。
「それが仕事ですから」
俺は早速、椅子に座り、右から左へ、満遍なく料理を腹へ入れて行った。
「うめぇ」
食いながらヨダレが出ちまう。こんな美味い料理始めて食った。が、さすがにこんな量は食いきれなかった。それでも、婆さんはニコニコと、残しても何にも言わなかった。
その晩。俺は森を帰るのが面倒だったので、屋敷に泊めてもらうことにした。
「好きなだけ、いてくれて構いませんよ」
そう言われて案内された部屋は、これまた豪華な部屋。俺が今まで住んでいた万年床とは大違いのベッド。他の家具もフカフカで暖炉まで用意されていた。さすがに、今の季節はいらねぇけど。
「さぁ、ゆっくりお休みください。それもお仕事ですからね」
俺はその日は疲れたので、ベッドでゆっくり眠ることにした。しかし、こんな美味しい仕事があるだろうか?
仕事というか、おもてなしをされただけにも思えたが。
その晩、遠くから、何かドシンドシン! という音が聞こえてきたが、布団が気持ち良すぎて、ぐっすりと朝まで眠ってしまった。
翌日。朝から豪華な料理。食後は、昼まで屋敷のソファーで日向ぼっこをして過ごした。
昼も豪華。俺の要望を出すとその通りの料理を作ってくれる。これのどこが仕事なのか?
「ええ、お腹いっぱい食べてください」
「そう言って、婆さん。もしかして俺を太らせて、食べる気じゃねぇだろうな」
俺がそういうと、婆さんはニコニコと笑い
「あなたの肉付きなら来た時にもう食べてますよ」
それもそうか。と、笑って納得した。
そもそも、太らせたら美味くなるかどうかも不明だ。
それから数ヶ月。俺はもう何も考えなくなった。毎日三食出てくる料理を食べて、あとはグータラしていればいい。
当然、太った。が、そんなことはどうでもいい。なぜなら、一生ここでこうして働いていればいいのだから。
俺は天国に就職したんだ。
その晩も、遠くからドスンドスンと音が聞こえて来た。さすがに婆さんに聞いてみた。
「うちの息子が夜中に遊んでいるんですよ」
夜行性の引きこもりか。そういえば、この家に来てから一度も会っていない。
「食事は部屋に運んでいます」
「そんなことしねぇで、ここで一緒に食わせろよ」
「それができないんですよ」
なんでえ。引きこもりってのは、大変なんだな。
「一度くらいは会ってみてぇなぁ」
俺がそういうと、婆さんは不敵な笑みを浮かべて
「そのうち、お会いしますよ」
その晩、俺は息子というのが気になり、夜中に部屋を出て、調べてみることにした。
そーっと足音を立てないように、今日も聞こえてくるドスンドスン! という音の方へ向かう。音に近付くと、柱や壁が軋んで、振動も凄い。
こんな大きな音を出して何してるんだ?
「奥様、坊っちゃまのヌイグルミが壊れてしまいました」
ん?
俺は壁の角に隠れて聞き耳を立てた。
婆さんといつも食事を準備している執事のような奴が話している。
「そうかい。なら、そろそろ新しいのを渡してあげようかしらね」
「古いのはどうしましょう?」
「捨てて構わないよ」
ヌイグルミ? プロレスでもしてんのか?
オモチャと聞いて「なんだ、ガキか」と、興ざめした俺は部屋に戻って寝ることにした。
翌日も、朝から晩までグータラして過ごし、ベッドで横になっ……。
バタン。
突然、体が動かなくなり、俺はベッドの側に倒れてしまった。なんだこれ、体が言うことをきかねぇ。か、金縛りってやつか……。
ドアの開く音。
婆やが入って来た。
「おお、薬が効いて来たか、新しいヌイグルミはこの男でいいな」
「はい」
ヌイグルミ?
倒れた俺が映っている鏡に目をやった。ブクブク太った俺は、確かにヌイグルミみたいな体型をしている。
執事数名が俺を抱えてどこかへ運んでいく。
ドシンドシンという音が大きく近付いてくる。
「前のぬいぐるみは一週間で手足が裂けて、ダメになったからな」
「こいつなら、二週間は持つだろう。坊ちゃんのパワーは強力だからな」
「まぁ、半年以上もたらふく食ったんだ、ちゃんと働いてもらわないとな」
俺は、こいつらの話を聞きながら、募集要項を思い出していた。
『グータラと何があっても眠っていられる方』
鉄門のような大きなドアが開く。その向こうに熊のように大きな人間がぬいぐるみを振り回している。大きすぎてドアから出られそうもない人間だ。
手に持ったヌイグルミの断片は、赤い液がしたたっている。
やめてくれ。
「坊ちゃん。新しいヌイグルミですよ。大事に扱ってくださいよ」
俺は部屋の床に転がされ、ドアが閉まっていくのを無抵抗に眺めていた。何があっても眠っていなければいけないのだ。
ドアが閉まる音が遠くに聞こえた。
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