その2

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その2

「餌! 早く餌!」  コンビニの駐車場でスマホの画面を睨みつけたが、餌が出てくる気配は無い。  駐車場の縁石にしゃがみ込んで、餌が現れることを祈るしかなかった。  すると、十分くらい経った時、画面に投げ捨てられるように菓子パンが現れた。  子供は床を転がったパンを食らいつくように食べ始めた。  よっぽどお腹が空いていたようだ。まだ三歳くらいの女の子だ。  しかし、食べるのが速すぎて、パンを喉に詰まらせてしまっている。子供は苦しそうに顔をしかめた。 「水……」  さっきの『餌』のコマンドを見ると、水にも『¥50』と書かれたアイコンがあり、それを押した。  しかし、また水が現れる様子はない。画面から子供の「ううう」と言う苦しむ声が聞こえる。このままだと窒息するかも、と心配になる。  また十分くらいして、画面にペットボトルの水が転がってきた。 「よかった」  私はひとまずホッとし、立ち上がると精神的にどっと疲れて、立ちくらみがした。  学校に戻ることはできないので、家に帰った。たまたま仕事が休みだったお母さんには「体調が悪くなって早退した」と月並な嘘をついた。 「なら、今日は寝てなさい」  今まで学校をサボったことも無かったので、お母さんは私の仮病を真面目に信じてくれた。夜の塾にも行かずに済んだ。正直、気持ちを整理するためにはありがたかった。  少し疲れた。  昼寝をしようとベッドに入るが、目を瞑るだけで鎖に繋がれたあの子の姿が瞼に映って眠れない。  スマホを開け、あの子がどうなったのかを確認した。  パンと水を補給して少し回復したようで、スヤスヤと眠っている。  でも、これからこの子を一人で育てないといけないのかと思うと目の前が真っ暗になった。  残金は1850円。  一日に三食として450円。四日は持つ。  でも、そのペースでお金を使うと一ヶ月に13000円もかかってしまう。バイトをしていない私からしたら、身を削る出費だ。お年玉とかで賄っても、半年持つかわからない。  それに一番安いパンだけでは、栄養が偏ってしまう。  そう考えたら、もっと良い食べ物もあげないといけない。なら、尚更、お金がかかる。 「あれ?」  私が『餌』のコマンドを開いて、目を疑った。  パンの値段が「¥150」に値上がりしている。 「嘘でしょ!」  焦って起き上がり、水も確認すると、水も50円値上がりし100円になっていた。  一回あげると値段が上がるの?  子供は寝ているが、確認するためにパンと水を一つづつ購入してみた。すると、パンは200円、水は150円に値段が変わった。  これじゃ、2000円なんてすぐに無くなってしまう。  理不尽すぎる機能に、目の前がさっきよりも真っ暗になった。もう画面を見たくもなく。スマホを布団に放り投げて、枕に顔を埋めた。 「どうすればいいんだろう?」  親に相談……しても、結局、警察に言えなければ、同じことだ。  なんかに似てるな、と思ったら誘拐だ。でも、私は画面の子の名前も出身地も誰の子供なのかも知らない。  スマホを使った新手の誘拐だ。 「騙されたんだ、私」  共感したと思っていた人に騙されたことに腹が立ち、枕を何度も強く叩いた。  ブゥゥ ブゥゥ  布団の向こうから低い振動音が聞こえる。枕を叩いて壁の隙間にスマホが落ちてしまっていた。  恐る恐る表示を見ると、クラスメイトで友人の彩花からの電話だった。 「もしもし?」 「もしもし? じゃないよ。急に教室出てって、どうしたの? みんな、ビックリしてたよ」  時計を見たら、もう四時前だった。 「陽奈、今どこ?」 「あっ、家で、寝てる」 「……まじで体調悪いの?」  質問の前に妙な間があった。彩花は何かに気付いたようだ。勘が鋭い。 「悪くはないけど……」  なんて言えばいいのか分からず、歯切れの悪い返事しか出てこない。彩花に本当のことを言うわけにもいかないし。  電話はしばらく無言になってしまった。すると痺れを切らした彩花のため息が聞こえてきた。 「男子が『トイレで漏らして帰ったんだ』って盛り上がってたよ。明日、イジられるよ」 「えっ!」 「私だって、あんな陽奈、初めて見たからギョッとしたんだから」  そう言えば、トイレに向かう時、笑い声が聞こえてきてたんだ。それでトイレからしばらく出てこなかったら。  私は「ああああああ」と後悔の呻き声を上げた。 「漏らしたの?」 「漏らしてないって!」  彩花は笑った。 「じゃあ、なんなのよ?」  気付いたら、いつもの彩花と話すペースに戻されていた。彩花は上手いな、と感心した。 「言わなきゃ、絶交だかんね。ぶー」 「あのさ……今日、夜、会える?」 「え? 今日は塾で……ああ、陽奈は休むのか」  彩花がまた無言になった。 「フラれたの?」 「そう言うんじゃないから! ただ、会わないと話せないから」  彩花は「わかった」と笑いながら言って、八時に公園で待ち合わせることになった。
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