その7

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その7

 その県内で花火を催す夏祭りは二つ行われていた。十八時半に始まるものと、十九時からのもの。そして、秋日くんが花火を聞いたのは十八時四十分。 「決まりだな」  急遽、秋日くんの部屋に集まった私たち。それだけの情報を聞いて、若林くんが手を叩いた。 「気が早い」  燃え上がる若林くんの炎を冷静に秋日くんが鎮火させる。  その後、SNSに上がっていたそのお祭りの花火の色がゲームの画面と一致していた。 「決まりだな」  また、若林くんが手を叩いた。 「お前は決めたいだけだろ」  秋日くんが呆れた声で言った。  若林くんは少し気が早い。秋日くんが前に言っていた、生徒会長に向かない理由か。  早速、私たちが描いた地図が役に立った。夕立のせいでちょっと濡れてしまっていたけど、油性で書いたので、地図は無事だ。  花火大会の行われていた川辺を水色のマジックで描きたし、アパートの居場所はかなり絞られた。南側と東側の窓から光が見えたと言うことは、川よりも北西に方にあることになる。 「よく地図用意してたね」  秋日くんが珍しく褒めてくれた。 「彩花が書いた方がいいって、さっき図書館にいったの」 「ヤストシなんかより、二人のがずっと頼りになる」  それを聞いた若林くんが「俺も行くって言ったよ!」と秋日くんに必死で弁解していた。なんか、若林くん、ずっと空回りしてるな。学校じゃあんなしっかりしてるのに。  壁に貼った地図に新しい情報を書き込んでいく。  そして、N市という街が浮かび上がってきた。  「この街だけなら、見つけられる。早速明日、行ってみるか!」  若林くんが興奮気味に言った。この人は懲りない。 「だから、焦り過ぎだっての。ここからが難しいんだよ」  秋日くんの制止に、彩花が地図を見て「確かに」と呟いた。  市内にあるアパート、マンションなんて山ほどある。わかっているのは床が畳で角部屋だと言うことだけだ。ここからN市まで電車で片道二千円、往復で四千円。そう、何度も何度も往復できる距離ではない。 「でもよ! 一回だけ行ってみたら何か変わるかもしれないだろ!」  若林くんは折れない。私にも、リーダーと言うより仕切りたがりに見えてきた。 「森田さん、どう思う?」 「「「え!」」」  秋日くんが私に話を振ってきた途端、部屋に三つの「え!」が重なった。  私は、初めて名前を呼ばれて緊張して声が出てしまったんだけど。  彩花は目を丸くして、私と秋日くんを交互にみている。  若林くんは秋日くんをなんか睨んでいる。 「わ、私は……明日は止めた方がいいと思う、けど」 「はい、決まり」  と言うことで、翌日からは市内のそれらしき物件探し。  物件サイトでそれらしいアパートを見つけ、その周りをグーグルアースで見る作業。  さらにネットの地図アプリでそれっぽい建物の捜索に費やした。しかし、候補になるアパートやマンションなんてゴロゴロ出てくる。 「正彰、キリがないぞ」  若林くんがイライラが限界そうな声で言った。  数日やってわかったことは、パソコンで調べられることには限界があると言うことであった。 「森田さん、どう思う?」  秋日くんがまた私に聞いてきた。 「私も、ネットじゃもう限界な気がする」  そう言うと、秋日くんはしばらく考え、 「ヤストシの暴走に、たまには乗っかってみるか」 「てか、なんで毎度、陽奈に聞くの?」  彩花が秋日くんに聞いた。 「リーダーだから」  え? 「いつ決まったのよ?」 「多数決」  彩花が「したっけ?」と私を見てきた。私はブルブルと首を振った。 「ここで多数決したら、十中八九、ヤストシがリーダーになる。で、ヤストシは森田さんに逆らえない。だから、森田さんがリーダー」  秋日くんのその答えに、彩花は数秒考え「なーる」とほくそ笑みながら呟いた。 「どう言うことだよ。なら俺がリーダーだろ?」  若林くんが文句を言っているのをよそに、彩花と秋日くんは明日の作戦会議に入ってしまった。 「一応、作戦は考えてある。けど、準備に一日欲しい」 「じゃあ、明後日ってこと?」  秋日くんは頷いた。 「で、俺はここで留守番してる」  秋日くんはそう言ったが、私は「そうだろうなぁ」と大体予想していたから驚かなかった。  二日後、私たちは夏期講習をサボり、朝早くからN市に向かう事となった。 「作戦は昨日、説明した通り。まずN市に着いたら昨日決めた所定の位置に移動して、俺に連絡して。十一時ちょうどを目処に始めたい」  おう。ラジャー。はい。  三人の揃わない返事。 「それから、現場のリーダーは、森田さんにお願いする」 「私?」  私はクラス委員さんの方を申し訳なく、チラッと見た。が、若林くんは文句を言うそぶりはなかった。 「この前、言った通りにやればいいから」 「う、うん」  彩花が「この前?」と引っかかった様子だった。鋭い。  基本は何にもしなくていい。で、最高決定権は私が持ってる。  電車に二時間以上も揺られ、N市に到着した。十一時まであと一時間くらい。余裕はあるけど見知らぬ街だから、余裕を持って移動しないといけない。  しかも、ここからは私一人での移動。彩花と若林くんがいないから、余計に慎重にならなければ。  作戦はとてもシンプルだった。    街を歩く。ただそれだけだった。  秋日くんが昨日、三人それぞれが歩くルートと一緒に三種類の音源を用意してくれていた。 「チリ紙交換、竿竹屋、わらび餅、好きなのを選んで。それを大音量でスピーカーから流す。それだけ」 「それがゲーム画面から聞こえてきたら、そこに居るってことね」 「そう。あと十五分おきの定時連絡をしっかり入れて欲しい。犯人が近くにいる、何があるのかわからないから。定時連絡がない時点で、俺は警察に連絡する。子供の命も保証できない」  秋日くんの一言で私の気はグッと引き締まった。順調すぎて少し浮かれていたが、相手はすごい恐ろしい人らなんだ。  しかも、私一人しかいない。三人とも別々の地域を歩く。  午前の十一時から開始で、休憩も込みで六時間。  N市に着いて、乗り慣れていないバスに乗っただけで不安が湧いて出てきたけど、心細いが、頑張るしかない。  午後十一時、私は指定の駅前に到着した。 「暑いから水分補給は十分に。あと今日の目的は、あくまでも居場所を突き止めること。くれぐれも子供を助けようとは思ってはダメだ」 「了解」 「あと、万が一、怪しい人物に追いかけられたら、全力で人が多い方へ走れ。絶対に立ち向かおうなんて思っちゃダメだ」 「了解」 「あと、森田さん」 「はい?」  突然、秋日くんの口調が変わった。 「ヤストシのこと、頼む」 「え?」 「あいつが暴走したら、全力で止めて欲しい。俺や安本さんじゃ無理だから、森田さんにしか出来ない」 「私しかって」  大げさだと思った瞬間、秋日くんの声がカウンターパンチのように飛んできた。 「命に関わるから」  午後十一時、私は竿竹屋の音源をスピーカーで流しながら、知らない街を歩き始めた。  そして、お昼の二時が過ぎた時だった。 「聞こえた」  秋日くんのメッセージに一同は安全な場所に立ち止まる。私は喜ぶ余裕はなく、「彩花か私であって欲しい」と願った。 「誰?」 「チリ紙交換」  若林くんだった。 「あそこのアパートだっ」  そう言って若林くんはスマホの通話を切った。  まずい!   私は急いで若林くんの元へ向かうために、走り出した。 「森田さん」 「今、向かってる」 「どう言うこと?」  彩花は意味がわかっておらず、戸惑った声を出す。 「彩花も若林くんの元へ集合。急いで!」 「だからなんでよ! 見つかったんでしょ? なんで、二人とも焦ってんの?」 「若林くん、アパートに乗り込む気だよ!」  私も通話を切って、若林くんのスマホを何度も鳴らした。  出ない。  なりふり構っていられない。  私は人生で初めて、路上で手を大きく上げた。  それを見たタクシーの運転手さんが困惑しながら、私の前で停車した。
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