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第6話
伏羽の顔を見た瞬間受付嬢は一気に表情を変えた。
「おはようございます、伏羽様」
受付嬢は丁寧に挨拶をした。
「うむ、おはようじゃ。おぬしちゃんと約束を守ってくれたようじゃな。恩に切るぞ」
「え? 東藤から電話でもあったでしょうか」
「電話はなかったがの。まぁ良い。奴を呼んでもらえるか」
「かしこまりました」
昨日聞いた通り。東藤は伏羽が来たら電話をつなぐようにと言った。受付嬢は東藤の番号を押し受話器を耳に当てる。
『はい、東藤です』
受話器の向こうから綺麗な女の声が響いた。
「あ、東藤さん。伏羽様がお見えになりました」
『そうですか。少し代わって頂けますか?』
「え? は、はい。分かりました」
受付嬢は意外だった。先に電話で話すとは思わなかった。いや、基本的に来客は部屋に通して直接話すものだ。と、いうことはひょっとして東藤は自分でこの少女に帰るように言うつもりなのだろうか、と受付嬢は思った。
「伏羽様。東藤が話したいそうです」
「あい分かった」
受付嬢の思惑など知らずに伏羽は受話器を受け取り耳に当てた。
「よう、狐。伏羽童子が来たぞ」
受話器の向こうから返答はなかった。代わりにクツクツと乾いた笑いが響いた。
「可笑しいか。それはそうであろうな。貴様の命日が今日になったということじゃ。恐ろしくて笑いも漏れよう」
『何言ってくれてるの。逆よ逆。かわいい子鬼ちゃんが私の腹の中にまんまと入ってきてくれたから可笑しくて笑ってるのよ』
電話の向こうから聞こえてきたのは心底面白そうな男の声だった。
「ほう、言うたな。貴様は暁部めを殺した。わしは必ず貴様を殺すぞ。本気のわしの実力、なにも知らんわけではあるまい。本当に止められると思うてか」
『相手になんないわよ。あの狸だって殺せたんだもの。あなたなんて赤子の手をひねるよりまだ楽勝だわ。せいぜい吠えなさいな』
「はっ、ぬかせぬかせ。ぬかしただけ貴様の負けたときの泣きづらがみじめになるというもんじゃ。して、どうする? 貴様の部屋に上がればよいのか? それとも貴様が降りてくるか?」
『なに言ってんのどっちもゴメンよ。私、自分で動くのが嫌いなのよ。今までだってこれからだってそう』
「そうかそうか。じゃから、人間の男どもをたらしこんで自分は表に出ずに国を操ろうと言うのか」
『あぁら、やっぱり全部お見通しなのね』
「当たり前じゃ。じゃから貴様を殺しに来たんじゃ」
『なるほどね。まぁ、積もる話はあなたが無事私の前まで辿りつけたらしましょう。だから、死なないでね。妖怪頭目伏羽童子ちゃん。では、私の〔百鬼夜行・地獄絵巻〕をお楽しみくださぁい』
そこで、電話はぷっつり切れた。伏羽は受話器から耳を離した。
伏羽が受話器を返そうとすると受付嬢は口をあんぐり開けていた。
「なんじゃ。わしの顔になんか付いとるか」
「い、いえ。なんでもありません。ええと、東藤はどうしろと」
「なんも言わなんだ」
とりあえず受付嬢は受話器を受け取る。受付嬢からすれば伏羽は意味不明のことばかり言っていた。しかし、驚くべきはその意味不明の発言に東藤がしっかり受け答えしていたらしいことだ。受付嬢は何がなにやら分からなかった。
「さて、嫌な予感がするのう」
伏羽は腕組みする。と、その肩に手が置かれた。振り返ると立っていたのは公太だった。
「な! 何故貴様がここにおるんじゃ!」
「伏羽、今日はそのへんにしといて帰ろう」
「い、いや。いかん! 貴様すぐこの建物から出るんじゃ!」
「いいから。出るのはお前も一緒だから」
「だぁああ!」
伏羽が叫んだのと同時だった。カツンと音がした。すると、建物の色が変わった。いや、光が変わった。白い蛍光灯で照らされているはずなのにフロアは赤黒い景色になったのだ。見れば窓は外の光を通してはいない。そこに見えるのはフロアと同じ赤黒い暗黒だった。
「あやつ! ここで始める気か!」
「な、なんだ。おい、なんか暗くなったぞ」
見れば一階のフロアに居るもの全員がオロオロしている。皆突然の異常事態にどうすればいいのか分からないようだった。と、上階へ向かう階段、そこから突然何かが降りてきた。それはひょろひょろとした細長い、白い煙のような何かだった。それは伸びに伸び風のようにフロアを走り抜け次々と人々に触れていく。
「な、なんだ!」
人々が口々に叫び声を上げる。煙を浴びた人間はそのまま力なく倒れていった。
「ちょ、ちょっと!」
「うん!」
受付嬢たちはすぐに警備員に連絡しようと電話を取った。ボタンをプッシュする。しかし、
「あれ、おかしい。電話が通じない」
「え?」
「ずっと変なノイズしか聞こえないよ」
「ええ?」
そうこうしている内に煙は伏羽や受付嬢たちの方に迫ってきた。
「ちぃ!」
伏羽は公太をかばい煙を躱す。
「きゃあ!」
受付嬢たちは煙をもろに浴び昏倒した。もはや一階のフロアに立っているのは伏羽と公太だけだった。
「な、なんなんだよこれ。ガス漏れか?」
「違うのこれは。断じてガスなどではない」
煙はひゅるりと受付の前で一つ翻るとその先端が膨れ上がり顔を成した。それはドクロのような顔だった。
「これで仕事は完了だな」
「なんじゃ。他のものどもを眠らせるのが仕事か」
「そういうこと。ここに来るまで全部のフロアの連中眠らせてきたんだ、骨だったぜ。天足の野郎にはてめぇらは食って良いって言われてる。てめぇは鬼だからまずそうだが、そっちの小僧はまぁ美味とまではいかなさそうだが食いではありそうだ」
煙はケタケタと笑った。
「な、なんだよこれ。プロジェクションマッピングかなにかか?」
「アホか。これは妖魔じゃ」
すると階段からどんどん足音が聞こえてきた。見れば子鬼に人魂、猫又に付喪神、妖怪だらけ魑魅魍魎どもがすごい数で階段を降りてくるところだった。
そして後方でも音がした。自動ドアの開く音だ。しかし、そこから入ってきたのはオオムカデに火車に天狗、こちらもやはり魑魅魍魎。いつの間にか一階フロアはこの世ならざる怪異に埋め尽くされていた。
「な、なんじゃこりゃあ。ハロウィンにはまだ早いだろ!」
「じゃから、これは妖怪じゃと言うとろう」
「はぁ!? じゃあ、こいつらは何かのイベントの催しとかじゃなくて本当の化物だっていうのかよ」
「そうに決まっておろう! 見て分からんか!」
「騒がしいな」
煙の怪異はうんざりといった様子だった。
「で、どうするんだ伏羽童子。おとなしく食われる気はないんだろう」
煙は言う。
「それよりこの人間どもを食わせろ」
「ダメだダメだ。全員狐に奈落に落とされるぞ」
「ひぃい。それは勘弁だ」
そして、化物どもは口々にひそひそと話していた。
「やれやれ。雑魚ばっかりじゃのう。この程度でこの伏羽童子を止められると思うておるのか狐のやつは」
「さてね。でも、雑魚でもこの量だ。言っとくが天足の居る階までこの量でみっちり詰まってるからな。流石のお前でも無理だろう」
「・・・・・・・はっ!」
と、伏羽がそう言った瞬間だった。フロアに居た妖魔全員の動きが止まった。いや、動けなくなったのだ。なにせ全員凍結してしまったのだから。
「あなどられたものよ。この程度でこのわしが諦めると思うておったとはな!」
伏羽童子の口には二本の牙が伸びていた。そして額からは二本の角が伸びていた。それはまさしく鬼だった。これが伏羽童子の本当の姿だった。
「お、お前、なんだよその姿」
「あー。貴様見るのは初めてじゃったな。これがわしの真の姿。鬼としてのわしの本気モードよ」
「あ・・・・。ああああ」
公太は後ずさった。
「なんじゃ、どうした」
「お、お前本当に鬼だったのか!」
「はぁ!? 貴様気づいておらんかったのか!?」
両者の叫びがこだました。
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