第7話

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第7話

「なるほどなるほど。つまり貴様はずっとわしをとんでもなく思い込みの激しい頭のおかしい女だと思っておったと」 「そうそう」  言いながら伏羽は目の前の小鬼を爆発で吹き飛ばす。 「で、それの面倒を見なくては、とずっとわしに付いておったと。そういうわけか」 「そういうわけだな」 「なんでじゃ!」  伏羽は目の前に武器を振りかざして飛び出してきた妖魔の群れを部屋ごと氷漬けにした。 「わし! 何度も言うておっただろう! 『わしは妖怪じゃ』『わしは鬼じゃ』『わしは人間とは違う』何度も何度も言うておったろうが! ヒントどころか答え言いまくっておったじゃろうが!」 「いや、だから。そんなもん信じるやつ居ないんだって! 堂々と『自分は鬼だ』って言ってるやつ信じるのはもう、それもやばい奴だと俺は思うよ」 「それは心の澄んだピュアな良いやつじゃろうが! お前は心が汚れておるんじゃ!」 「それには異議があるな。俺は自分で正しいと思う選択をしたんだよ」 「きいいい!」  巨大な輪入道が廊下の向こうからすさまじい勢いで二人目掛けて走ってくる。 「あれは!」 「ええい! 人が大事な話しておるところで!」  伏羽は右腕をかざす。すると輪入道の車輪が赤く赤熱し蒸発した。輪入道はホイールだけの状態になった。 「邪魔じゃ!」  伏羽はそのホイールだけの輪入道を蹴りつけて壁にめりこませた。輪入道はしくしく泣いた。 「じゃあ、わしが言った人間への渋い私見とか、お前に言ったちょっといい話とか、わしの悩み事とかも全部! 全部わしの妄想じゃと思っておったのか!」 「ああ、すごい想像力豊かなやつだなぁと思ってたよ」 「むきいいいいいいい!」  廊下の向こうから凄まじい数の蜘蛛、網切、そして青坊主におうに、それらがみっちみちに廊下を埋め尽くし二人に迫ってきた。 「ええい!」  それをみるや伏羽は天井を吹き飛ばし、公太を抱えて上階に上がった。そこに肉塊のぬっぺほふ、女の顔を持つ人面の蛇、濡れ女が居たので伏羽はまとめて凍結させた。 「そうか、壁や天井をぶち抜いて移動したほうが相手の動きを撹乱できて上策じゃな。ってそうではない。じゃあなにか、わしに妙に優しかったのも頭のおかしいやつへの優しさであったのか!」 「ああ、放おっておいたら何するか分からなかったから」 「くそったれ!」  伏羽は壁をぶち抜き隣の部屋に入った。山童が花札をしていたので全部凍りつかせた。 「くそう! なんじゃそりゃ! わしがただただ間抜けであっただけではないか!」 「いやぁ、普通信じないと思うよ、やっぱ」 「やかましい! 謝れ! なんか知らんがわし今すごい恥ずかしい! 早く謝らんか!」 「ご、ごめん」  公太は納得行かなかったがとりあえず頭を下げた。 「きいいいいい!」  伏羽は叫びながらまた天井をぶち抜いた。公太を抱え上階に上がる。 「くそ! くそ! イライラが収まらんわ。じゃが、さっさと狐のところへ行かねばの」 「これはどうなってるんだ。一体何が起きてるんだよ」 「ええい! 貴様敬語で話せ! わしは西国の妖怪の総大将、伏羽童子様じゃぞ!」 「ええ、それはちょっと。もうそこそこタメ口で来てるし」 「むきいぃい! ええい! 今ここはおそらく地獄とつながっておるんじゃ。狐め。どうやったかは知らんが現世と地獄をつなぐ手段を手に入れたと見える。じゃからもう妖怪湧き放題じゃ。倒しても倒しても数に限りはない。このビルそのものが地獄とつながっとるようじゃから脱出手段もない。出るには狐を倒すしかないんじゃ」 「なんだと! じゃあ俺はどうなるんだ!」 「じゃから、なんで貴様がここにおるんじゃ! 巻き込むまいと駅で別れたというのに」 「いや、お前が変なことしないか心配になって」 「ぎいいいいいい!」  伏羽童子は叫ぶ。ありとあらゆる不満が今伏羽童子を怒りに駆り立てている。伏羽童子は怒りに任せてどんどん天井をぶち抜いていく。 「どこにそのボスが居るのかは分かるのか?」 「それは問題ない。やつの濃い妖気がはっきり伝わってくる。わしを挑発するようにの。おそらくあと十何階昇ったところじゃ」 「うへぇ。それはきついな」 「何、わしにかかればすぐよ」  そう言って伏羽童子は廊下に出る。すると、天狗が火矢を構えて廊下にずらりと並んでいた。 「うわあああ!」 「ええい!」  伏羽は公太を抱えて部屋に再び飛び込む。火矢は二人の頭をかすめて壁に突き刺さった。壁に火が突き燃えがる。天狗達は次の矢を構えている。 「貴様がおると自由に動けん!」 「俺のせいかよ! あんなに優しい言葉かけてくれたのにこの対応の違いは何だ!」 「ええい! まどろっこしいわ」  伏羽は公太の言葉を無視して脇に抱えた。天狗が再び矢を放つ。それが当たる寸前で伏羽は窓ガラスを蹴り破り外へ飛び出した。 「ひええ!」  伏羽は窓ガラスに指を突き刺し姿勢を保つ。公太が下を見るとそこに地面はなかった。そこは底なしの闇だった。このビルは底なしの闇の上に浮いていた。そして上を見れば井戸の底から見たように丸く切り取られた青空が見えた。 「どうなってんだこりゃあ」 「あの下は地獄じゃ。今このビルは現世と地獄の間に浮いておるんじゃな」  そう言って伏羽はビルの壁面を走って上り始めた。ここなら中を通るよりもずっと近道が出来る。東藤の居る階まで一気に突っ走れば良いだけだ。  が、そう安々とはいかないようだった。ビルの陰から、闇の底から妖魔が湧いてきた。 「ちぃ! どこへ行っても同じか!」  烏天狗の群れがバタバタと飛んでくる。船幽霊が、人魂を引いた女の生首が二人目掛けて飛んでくる。 「こなくそ!」  伏羽はそれらに応戦する。烏天狗の翼を凍らせ、船幽霊の船底を爆発で吹き飛ばし墜落させる。 「あいつら落ちたらどうなるんだ」 「下は地獄じゃ。あやつらなら問題ない」  次々と伏羽童子は襲い来る怪異達を叩き落としていく。と、ビルの向こうからぐるりと何か巨大なものが現れた。それは巨大な巨大なオオムカデだった。下を見ればビルに何巻も巻き付いている。 「すげぇのが出たぞ!」 「ちぃい!」  伏羽はオオムカデを凍らせようと試みる。しかし、デカすぎた。体の半分までは凍るがそれ以上は行かない。ついでに凍るのは表面のみのようですぐにふるい落とされてしまう。 「大分強いの! 力が中まで通らん!」 「どうすんだ!」 「こうするのよ!」  伏羽はそのまま公太をぽーいと空高く放り投げた。 「うわあああああ!」  公太は宙を舞い、ビルの屋上スレスレまで飛んでいく。その間に伏羽はオオムカデにしがみついた。 「ぬええええええい!」  そしてオオムカデの体を力を込めてビルから引き剥がした。そのまま壁を疾走し巻き付いた体もどんどん引き剥がしていく。壁が弾け飛び破片が舞い散る。オオムカデは甲高い叫び声を上げる。 「このまま落ちろ!」  伏羽はオオムカデを引き剥がすとそのまま闇の底へ突き落とした。 「うわあああああああ!」  そして落下してきた公太をキャッチした。 「こ、怖かった。すごい怖かった」  公太は涙目だった。 「ふ、わしを辱めた罰と受け止めよ。そら行くぞ!」  伏羽は公太を抱え、遅い来る妖魔を撃墜しながらとうとう最も妖気の強い、目標が居るであろう階層の窓ガラスを叩き割った。そして、フロアに侵入した。 「どうだ、大丈夫そうか」 「うーむ。あの部屋以外から妖気は感じられんな」 「なんか。俺すごく怖いんだけど。悪寒と足の震えが止まらないよ」 「やつの妖気に当てられておるのだろう」 「いや、お前と戦い始めてからずっとそれはあったんだけどな。ここに来てさらに強く感じるんだよ」 「ああ、わしの妖気とのダブルパンチじゃな。貴様は信心が足りんからわしら2体の妖気を浴びてもその程度で済んでおるんだろうな」  二人は廊下から一つの部屋を伺っていた。役員室、取締役が居る部屋だ。恐らくそこに大ボスが待ち構えている。 「待ち伏せの雰囲気もなしか。どうやらあやつ、あの部屋で待ち構えておると見える。ふむ」  伏羽は腕を構える。 「何する気だ」 「あそこの壁一体に冷気を集中させた後に一気に加熱して爆発を起こす」 「お前がずっと使ってるあの超能力かなんなんだそりゃ」 「これは妖術じゃ。わしはものの温度を自在に操る妖術を得意としておる」 「へぇ、便利そうな能力だな。お湯沸かし放題だ。でも、正面突破では行かないのか」 「あんまり性に合わん」  伏羽は能力を発動させる。一瞬濃い霧が発生したと思った次の瞬間、大爆発が発生した。 壁が吹き飛び、その向こうの部屋の中まで爆風と破片が飛び散った。 「まぁ、これでどうこうなるとは思うておらんがの」  煙で部屋の中は見えない。いや、壁がなくなった今部屋と呼べるかも怪しいが。伏羽は目を凝らした。と、 「ぬっ!」  伏羽は言うが早いか手を前にかざした。それが掴んだのは蛇の頭だった。目にも留まらぬ速さで煙の向こうから伸びてきたのだ。伏羽はそれに力を込め煙から引きずり出そうとする。しかし、もう一つ今度は雷撃が伏羽を襲い、それを躱すために蛇は離さざるを得なかった。公太を抱え廊下の反対へ飛び退る。つまり、役員室の真ん前へと。 「随分なご挨拶ね、伏羽童子。鬼といえば馬鹿みたいに真っ向勝負するものだと思っていたけど」 「スマンな。わしは鬼の中ではひねくれておる。何が仕掛けられているか分からん部屋にむざむざ飛び込むつもりはなかったわい」  煙が徐々に晴れ始めた。 「あら、そんな姑息な罠なんて張ってないわよ。だって張るまでもないんだもの」 「ほう、この部屋まで呆気なく侵入を許しておいて、自分の手駒にまだ信頼を寄せて折るのか」 「そうね。もうちょっと足止めくらいはしてくれると思ってたんだけど。ダメね。全然ダメ」  煙は晴れた。そこに居たのは2体の獣と一体の妖狐。獣の片方は電気を纏ったイタチのような巨大な獣。もう一体は頭は猿、胴は狸、尻尾は蛇、四肢は虎という異形のこちらんも巨大な獣。そしてその2体を従えて立っているのが金色の毛並みの7本の尾を持つ半人半獣の妖狐。 「え? 男?」  思わず公太は口にした。妖狐は化粧をしていた。紅を塗り、眉を描き、まぁ現代的なファンデーションを施し。しかし、その顔、体格は紛れもない男のものだった。男と言われた瞬間に妖狐は明らかに激怒した。ぴゅい、と札を一つ放った。 が、しかしすぐに伏羽が焼き払った。 「ちっ。私を男と言ったわね。坊や」 「ええと。あ、オカマか」 「うーん、そうね。まぁ、それなら許しましょう」  謎の相互理解が図られた。 「さて、ようこそお二人とも。良くここまで辿りつたわね。褒めてあげるわ」 「褒めるも何も雑魚ばかりだったわ。地獄との門をつないだところであんな雑魚しか呼べんのではわしクラスの妖怪にはなんの意味もないと思うがの。貴様どうやって暁部を殺した。七尾の妖狐、天足御前」 「んっふっふー。それは後のお楽しみよ。まずはこの私の可愛い手駒達が相手するから」 「鵺に雷獣か。どちらもそこまで強力な妖怪ではなかったはずじゃが」 「この2匹は私が手塩にかけた特別な妖魔なの。私が選び抜いた鵺と雷獣を地獄で鍛えてそして連れてきた。あなたでも手を焼くはずよ? まぁ、でもその前に少しお話をしましょうか。せっかく遠路はるばるこんなところまで来てもらったんだしねぇ」  天足はクツクツ笑った。伏羽は舌打ちをする。何故か天足は余裕だ。2体の妖獣、そして天足の妖術。確かにその2つを使えば伏羽と良い勝負をするだろう。しかし、あそこまで余裕を持てるほどの実力差にはならない。それは伏羽にも自信があった。得体が知れないというのが所感。しかし、伏羽には確かに問い正したいこともあった。なので聞いてやることにした。 「ふん、貴様の計画とやらはどこまで進んでおる。もうすぐ日本は手に入りそうか?」 「そうねぇ。もう随分の男を手篭めにしたわ。財閥の重役、トップ、国会議員に政界の重鎮。裏の人間もちらほら。皆、私と一度寝てしまえばおとなしくなったものよ。人間の男って可愛いものねぇ。でも、まだダメね。全然ダメ。あと十年はかかるかしら。平安時代ならいざ知らず。さすがにこの複雑な現代社会で国を意のままに操るにはまだ時間がかかるわねぇ」 「ちっ。じゃが十年あればお前の手の内ということか」 「うふふ、そういうこと」 「え? 手篭め?」  そこで公太はふと疑問に思った。 「お前男だよな」  天足は殺意に満ちた目を向けた。 「いや、オカマか。手篭めにするって、ああ。そうか女に化けてるのか。じゃあ、結局女と寝てるってことで、いやでも中身は男・・・・。ん? 心は女か。じゃあ普通に女と寝てることになるのか? 難しいな」 「どうでも良いことを悩むな! 緊張感のある場面なんじゃぞ!」  伏羽は咳払いを一つする。気を取り直して質問を続ける。 「それで、国を手に入れてどうしようというんじゃ貴様は。そういえばビルの中の人間は生かしておったな」 「当たり前じゃない。行方不明者や死人が出たら私が動きにくくて仕方ないもの」 「ふむ。で、貴様は何がしたいんじゃ。貴様の目的が見えんわ」 「どうするって。別に何も考えてないけど」 「何?」 「ただ、こういう大きいものを思い通りに出来たら楽しそうって思っただけよ。それだけ。それで思い通りに動かして、誰かを叩き落としたり、絶望させたり、争わせたりしたら楽しそうだなって思うだけ。だってそうでしょう。私の指先一つで誰かを殺すことも、組織を潰すことも、国同士の仲を破壊することも、果ては戦争を起こすことだって自由自在なのよ。どれだけ高潔なものの希望も打ち砕ける。どれだけ腐った人間でも社会の頂きに立たせることが出来る。そうすると今までの世の中のあり方を否定できる。夢を追うとか馬鹿らしい通年も、仲間だとか絆だとか、誰かと手を取り合うとか。真実とか愛とか。そういった希望も破壊できる。そして、代わりに人格の狂った奴を社会の中心に置いてみる。今の悪人とか、欲望に忠実とかそういった連中よりもさらにひどいのを。大量殺人犯や本当の危険思想の人間を。メディアや法令を使って社会の中心に持っていき、逆らうものは処罰する。きっととても楽しいわ。そう、つまるところ私に目的があるとすればそういうこと。私はね、この国を滅茶苦茶にしたいのよ。それも歴史上類を見ないほど滅茶苦茶にね」 「なんじゃと」 「でも、それってあなたの目的とも合致するんじゃないの。あなたも妖怪の世を復活させたいんでしょう。なら、世の中が滅茶苦茶になるのは良いことじゃないの?」  天足はクツクツ心底楽しそうに笑った。伏羽は心から嫌悪を示した。 「たわけが。そこまで滅茶苦茶になったら妖怪にもろくでもない事が起きるわ。戦時中と戦後の状況を知らんわけではあるまい。人の恐怖からろくでもない怪物が現れた。お前の世は下手をすればそれ並か、それ以上にひどくなる。どうなるか分かったもんではないわ」 「あら、じゃああなたはどうするの。私のやり方より上手い人の世の壊し方があって?」 「あるわ。そんなもん」 「どんなの? 興味あるわぁ」 「それはまだ分からん」  伏羽はむすっとして答えた。 「困った人ねぇ。それはあんまりにも妖怪の長としてふさわしくない答えだわぁ」 「知らんわ。じゃが何かあるに決まっとる。じゃからわしは貴様には従わんわ。大体聞いとるだけで虫唾が走るんじゃ、貴様の話は」 「あらそう、残念。私あなたのことそんなに嫌いじゃないんだけど」  天足はまたクツクツ笑う。さすがに公太も不快感を禁じ得ない。こいつはとんでもないやつだと思った。こんなやつに好き勝手させたら本当にやばいと。 「それから、貴様。この力をどこで手に入れた」 「この力? ああ、地獄の門を開く術のこと? これよこれ」  天足は懐からシャリンと鍵を取り出した。黒い、なんの装飾もない鍵だった。 「貴様、それは!」 「んふっふふふ。良い顔ねぇ。いい表情の歪み具合よ」 「それは獄卒が地獄と下界を行き来するための鍵じゃろう。なぜそんなものを持っている」 「それも後のお楽しみ。いや、あなたと話すの楽しいわねぇ。こっちのアクションでいろんな表情をしてくれて。嫌悪、驚愕、次は何を見せてくれるかしら。あ、そうだ。憎悪も見たいわねぇ。大狸を殺したときのこと話してあげましょうか」  大狸、そのワードが出た途端伏羽の表情が醜く引きつった。公太でさえ一歩引き下がるほどの怒気、そして憎しみ。 「貴様!」  伏羽は腕をかざした。しかし、間に鵺が割って入る。鵺の肉体が赤く赤熱する。しかし、すぐにその熱は引いていった。 「なんじゃこいつわ」  鵺はうなりながら伏羽を睨む。 「大狸、あいつは厄介な相手だったわねぇ。とにかく強かったわ。多分あなたと同じくらい。ついでに手下も多かった。今みたいに私の手下を並べても攻めきれなかったくらい。こっちが人質を取っても変化で上手く抜けられちゃうんだもの。頭を痛めたわ」  伏羽は天足を睨みつける。 「そうじゃろう。あやつは貴様程度では逆立ちしても敵わぬ相手よ。わしと同じくらいじゃと? わしよりずっと強かったわ。何にも増して心がな。やつは強く、そして優しかった!」 「そう、とにもかくにもやつは強かったわ。でも、ダメ。全然ダメ。こっちが奥の手を披露したら形勢逆転。なんとか奴を追い詰めたわ。で、面白いのはここからよ?」  伏羽はもう一度腕を振るう。しかし、やはり鵺に止められる。 「あいつ何をしても折れなかったのよ。だから試しちゃった、色々。もう、思いつく限りの痛み、精神の痛苦、絶望。ありとあらゆるものをやつに試してやった! ずっと目の光は消えないまま! でも、体は傷だらけ、そして最後にはやつに何も残っていなかった! どう、このみじめさ! あの去神暁部のあのみじめな様! 胸が空いたわ! たった一人になりながらそれでもまだ諦めないあの狸の狂気! 全部つまびらかにしてやったわよ。あんなみじめに死んだやつ、あいつの他には居ないでしょう! あははははは!」  天足は大笑いした。ゲタゲタといつまでも笑っていた。公太はあまりに不快だった。公太は伏羽の顔を盗み見る。おそらくは友人その凄惨な死に様を教えられて、しかし伏羽は笑っていた。 「ふ、そうか。最後までやつは折れなかったか」 「なに? どうしたの? あんまり悔しくて笑っちゃった?」 「いやなに。わしの知る暁部は最後まで去神暁部であったということか。貴様はなんにも分かっておらんな。相手の心を最後まで折れなかったということはな。貴様は結局あやつに勝てなかったということじゃ。なんじゃ。その程度でそんな嬉しそうにしておったのか。やはり貴様は三下じゃな。貴様に時代を背負うことは出来んわ」 「なんですって」  そこで天足は顔を醜く歪めた。この妖狐の性格から時代を背負う云々はどうでも良いだろう。ただ、三下呼ばわりされたことがたまらなく受け入れられないかったようだった。 「あなたイラつくわね。さっきは好きって言ったけど前言撤回。あなた、殺すわ」 「そうかそうか。ようやくやる気になったようじゃの。こっちは元よりそのつもりよ」  伏羽は低く身を歪める。ミシミシと全身の筋肉が音を立てた。吹き出す妖気で床にヒビが入った。 「さぁ、始めようか」  両者の間にピリピリと見えないものの火花が散っているのが公太には分かった。 「行きなさい!」  天足のその一言で2体の獣が地を蹴った。それに合わせて伏羽も地を蹴った。一瞬で伏羽はまず鵺の方に向かった。  先程、どういうわけか鵺に妖術は通用しなかった。なので先にこちらから叩くのが後々やりやすいと判断したのだ。伏羽は力いっぱい鵺に拳を振るった。 「ぬぇい!」  横腹に直撃する右拳。鵺は吹っ飛ぶがすぐさま体勢を立て直す。 「ちぃ、骨の一本も折れんか。頑丈な奴じゃ」  お次は雷獣。しかし、雷獣の姿は伏羽の目に映らなかった。 「げ、こいつわしより早い!」  雷獣はまさしく稲妻そのものの速度だった。縦横無尽に駆け回り伏羽を翻弄する。伏羽は目測を合わせて蹴りを繰り出す。 「ぐっ!」  しかし、その蹴りもするりとすり抜け雷獣は伏羽に一撃見舞った。吹き飛ぶ伏羽。 「大丈夫か!」 「大した威力でないわい。ただ、ああも動き回られると厄介じゃな」  伏羽はちらりと鵺の方も見る。 「あっちはどうも見た目よりずっと沢山の獣が混じっておるな。妖気の質も滅茶苦茶に混じっておる。だから妖術が通りにくいのか」  片や高い防御力、片や最速の移動速度。 「うーむ」  伏羽は考え込む。 「どうしたの? もう、手詰まりかしら。天下に名の轟く伏羽童子も案外大したことないのねぇ」  雷獣と鵺が一遍に襲いかかってくる。雷獣は目で追えないほど早い。なら、やはり、先に鵺を叩くべきか。そう思い伏羽は鵺に掴みかかる。が、伏羽の動きよりもあらゆる面において雷獣の方が早い。一瞬で伏羽にしがみつきそして電気を流し込んだ。 「ちぃいいいい!」  さすがの伏羽もただでは済まない。全身の筋肉の自由が奪われる。そこへ鵺が虎の腕で渾身の一撃を見舞った。 「ぐっ!」  伏羽は吹き飛び壁に叩きつけられる。壁は伏羽のぶつかった衝撃に耐えきれず崩壊した。 「くそ!」 「駄目ねぇ。その雷獣はあなたのどの動作よりも動きが早いのよ。自分の動きよりも襲い蹴りに当たる道理はないわよねぇ。そして、鵺はあなたのあらゆる攻撃を受け切る防御力とあなたのその頑強な肉体を壊す攻撃力がある。さぁ、どうするのかしら」  伏羽は向こうの戦術はもう読めた。補足不能な動きを見せる雷獣が電撃で相手の動きを止め、攻撃力のある鵺がそれを叩く。その繰り返しで相手を疲弊させようと言うのだろう。 「けっ、ワンパターン戦法じゃな!」  そういうことなら。まずは雷獣をどうにかせねばならない。だが、どうしたものか。伏羽はこうなればと両手を広げる。 「範囲攻撃じゃ!」  雷獣、鵺が居る範囲、その全体が一気に凍りつく。伏羽は補足できないなら広範囲の攻撃で捉えようとしたのだ。が、 「ダメダメ」  天足が札をかざした。すると、床に五芒星が浮かび上がる。 「ちぃ! しゃらくさい!」  すると、伏羽の妖術の発動が止まった。天足は妖術に対するジャミングの結界を張ったのだ。そのまま雷獣と鵺が襲いかかり伏羽は床に叩きつけられた。そこに鵺が追撃をしかける。 「くそ!」  立ち上がる伏羽はボロボロになってきていた。 「おい、大丈夫か!」 「大丈夫じゃわい! まだ、かすり傷程度じゃ!」  伏羽は言うがしかし、この戦法を崩せない限り少ないダメージといえど蓄積される。そうすればいずれ敗れるのは伏羽の方だ。 「どうするんだよ。このままじゃヤバイだろ」 「分かっとるわ。じゃから今考えておるんじゃ」  鵺は強靭な肉体。雷獣は最速の肉体。そして天足の妨害もある。どうにかして雷獣の動きさえ止められればコンビネーションが崩れ勝機は十分見えてくる。 「わしのあらゆる動きより早い、か」  再び2体の獣が仕掛けてきた。 「本当か? そんなことあるまい」  ニっと笑って伏羽はまた2体の獣に向かっていった。 「おい、そのままじゃさっきと同じだぞ!」  叫ぶ公太の声に振り返ることなく、伏羽は雷獣に挑む。雷獣はすさまじい動きで伏羽を撹乱し、攻撃の糸口を与えない。伏羽はそれを目で追い、そして蹴りを放つ。 「さっきと一緒だ!」  公太が叫ぶ。雷獣はやはり安々とそれを躱し伏羽に取り付いた。そのまま電撃が来る。  しかし、それまでの一瞬、 ―ガァ!!!!!!  轟音が響き渡った。それは伏羽が上げた大声だった。蹴りより拳より速い音の攻撃。それが伏羽が取った手段だった。予備動作の一つもない攻撃で、雷獣はその轟音を至近距離で直撃する形になった。 「ぐが・・・・・」  雷獣はそのまま昏倒し、地面に倒れた。すかさず伏羽はそれを凍結させた。 「さて、まずは一体じゃな」  伏羽はコキリと拳を鳴らした。  天足は舌打ちする。残るは鵺一体。 「でかい声出すなら先に言え!」  そこで公太は叫んだ。 「言ったら作戦にならんじゃろうが!」  伏羽の言葉もまだ聞こえていないようで公太は耳を抑えていた。  しかし、これでコンビネーションは崩れ去った。鵺が脇目も振らず伏羽に突進する。伏羽はそれに対し、思い切り床を殴りつけた。床は陥没し、大穴が開いた。そこに鵺は飛び込む形となり大きく体勢を崩し前のめりに倒れ込んだ。伏羽がすかさず駆け寄る。そこに天足は札をかざす。しかし、伏羽が崩れた破片を投げつけ天足はそれに応じざるを得なかった。 「これで2体じゃ!」  伏羽は鵺の口に直接手を突っ込むとそこで力を直接発動させた。いかにジャミングが発生していようと手で触れて直接なら力は発動できる。そして妖術への耐性があろうと、高熱や極低温に耐性があろうと。体内から直接では防ぎようはない。鵺は内側からみるみる内に凍りつき、やがて動かなくなった。  伏羽はようやく2体の獣を倒した。
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