雪を融かす一匙の蜜(2)

2/3
250人が本棚に入れています
本棚に追加
/29ページ
 水を汲みながら、今日の出来事を思い出していた。  樹に言われなくても、自分自身が発育不良っていうのはわかっている。  なぜなら、その生き方を選択したのは、ユキ自身だったのだから……。  洗面器に溜まる水を眺めながら、水面に映る自分の牙を見る。  ーーこれも、自分のせい。  牙じゃなく八重歯。銀色の髪の毛。弱々しい外見、体も小さく、貧血持ち——ハーフとはいえ吸血鬼になりきれないコンプレックス。そして、吸血という行為のトラウマ。  ーー俺だって、人間に生まれたかった。それならきっと……。  樹は、自分が吸血鬼とは知らない——でも。  そんな発育の悪い自分を見透かされたようで、どうしようもなく腹が立った。  人間である樹が羨ましくて、中途半端な自分が不甲斐なくて。  ーーほんと最低だな、俺。あの人、関係ないのに。  ユキは一度だけ吸血の場面に出くわしたことがある。  それは、母とは別の(ひと)だった。  父は瞳孔が開き、興奮した様子で、女の首筋に尖った牙を突き刺していた。  みるみるうちに女は、精気が失われ青白くなり、ダラーンと腕も体も力が抜けて倒れ込んでしまった。  それなのに、父は牙を抜き血の付いた口を拭って「こいつも、たいしたことないな。これじゃ、もの足りない」と倒れ込む女を一瞥し、吐き捨てるように言ったのだ。  あの時の光景を思い出すと今も、全身が震えてしまう。  自分も父のような獰猛(どうもうな)な一面があるのかもしれないと思ったら、すごく恐ろしくなったのだ。  本来であればユキも、6歳になった時に吸血方法を覚えるはずだった。  だが、あの時の光景がフラッシュバックしてしまい、自分の牙を思うように首筋に刺すことが出来なかった。  父から人間の血を吸うように強要されても、何かと理由をつけて断った。 自分は、あんな風にはなりたくはなかった。  それが、たとえ生きる上で必要だとしても……——
/29ページ

最初のコメントを投稿しよう!