雪を融かす一匙の蜜(1)

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「えっと……。きみって……」 「あぁ。ごめん。名乗っていなかったな。同じ男に抱き(かか)えられるのは、気持ち悪かったか?」 「そうじゃない」とふるふると頭を振る。  男は「よいしょ」と、木陰にあるベンチの上にユキを座らせ、隣に自分も腰を下ろした。 「俺、相楽樹(さがらいつき)。22歳で、すぐそこの慶政大学に通っているんだ。今日は、学校に行ったんだけど授業が休講でさ、家に帰ろうと思っていたら、あんたと出くわしたわけ」 「大学…生……?」  自分より大きい体躯(たいく)の樹が、年下だと思わなかった。 「君は高校生? 今、春休みだもんなー」  樹の言葉にユキは、パッと顔を上げて目を丸くする。  小さくても、細くても、童顔でもれっきとした大人だ。 「こ、高校生じゃない!」と、ひときわ大きな声で抗議する。  その様子に今度は、樹が驚いて目を丸くする番だった。 「え? マジで? じゃあ、俺と同じで大学生か?」とすまなそうに両手を合わせ謝ってきた。 「ちが……。俺は、30歳……」と、ユキは口を尖らせそっぽを向きながら小さな声で言う。 「はぁぁぁぁぁぁー? 嘘だろ。そんな容姿で?」  樹は口に手をあて、信じられないものを見るような目でユキを見る。  ーーし、失礼なヤツ!  ユキは怒りに震えながら「よ、容姿は、関係ない!」と、ベンチを立ち、座っていた樹に向き直り、キッと睨みつけた。 「助けてくれたことにはお礼を言うけど、初対面で失礼な人だね。もう会うことはないと思うし、さ、よ、う、な、ら!」  憤怒しながら、ユキは踵を返す。  すごい剣幕で怒っていたユキの様子をポカーンと口を開けて見ていた樹をそのままにし、その場を走って後にした。
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