変人

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変人

「大将!何故です?断られる可能性は考慮していました。でも、何故怒号を浴びせられなくてはいけないのですか?僕が何かしましたか!ラーメン店にラーメンを食べに来ていただけじゃないですか?好きな店に通い詰めるくらい普通のことですよね?」 「ああ、ラーメン店にラーメン食べに来るのは、大歓迎だよ。」 「では、何故!」 「てめぇが、俺のラーメンに欲情していたからじゃぁぁあ!?」 「・・・え?」 「気持ち悪いんだよ!毎日!毎日!券売機の前に居座りやがって。それだけでも大迷惑だって言うのによぉ!そこで、ブツブツ独り言を言ってる男なんてあり得ないだろう!何が!醤油つけ麺は幼なじみで、辛味醤油つけ麺はツンデレだ!!俺の作るラーメンが、てめぇを取り合っているだって!バカも休み休みに言えよ!ラーメンに対しては、食欲だけをぶつけろよ!何故!性欲までぶつけようとしているんだ!!ラーメンに対して何故ハーハー・・・と息遣いが聞こえてくるんだ。普通はフーフーだろうに。」 「ちょっ!誤解だよ!まさか心の声が漏れていた・・・」 「何回出禁にしてやろうと思ったか!それでも我慢しようとしたんだよ。毎日と言っても、店内にいるのは、せいぜい30分程度だ。基本的に俺は店の奥にいるから、顔も合わせないし我慢してやろうと思っていたのに、雇ってくれだと!大金積まれても、俺がてめぇを雇うことは絶対にない。てめぇらしく言うなら、娘をてめぇなんかの所に、お嫁には出せないってことだ!分かったか!くそったれ!てめぇは2度とこの店の敷居を跨ぐな!出禁じゃ!」 僕は店から逃げるように立ち去り、憔悴しきって公園のベンチで項垂れていた。既に3時間経過し夜の10時を過ぎていた。異動の辞令が出るのは先だから、もう少しはあそこに通えると思っていたんだ。けれど、もう2度とあのラーメンを食べることはできなくなってしまった。僕の頬を涙が流れる。思い出してみれば、確かに汚物を見るような目で僕を見つめる人が何人かいた気がする。ようやく今、理由が分かった。なんて僕は鈍感なんだ。 僕が常連客になってからも、大将とは会釈くらいしかしていなかった。今思えば、あれは会釈じゃなくて、きっと目を合わせないようにしていただけだったのだろう。情けない話だ。 「あの?大丈夫ですか?」 通りすがりの女性に声をかけられる。暗くてよく姿は見えないがシルエットは存分に女性らしさが強調されていた。 「すまない、疲れているみたいだ。忘れてくれ。」 「ええ、お気になさらずに。」 この時、僕はデジャブを覚えた。どこかで似たような体験をしたような気がする。 「お客さん、遂に出禁になっちゃいましたね?」 僕は慌てふためく。あの店で初めて接客してくれたあのモデルのように美しい女性店員の子だ。 「君?どうしてここに?」 「単に営業時間を終えたから、帰宅する途中なんですよ。」 「そうか、もうこんな時間だからね・・・」 暫くの沈黙の後に僕は口を開く。 「すまなかった。僕の独り言、気持ち悪かっただろ?特に女性からすれば、恐怖心を覚えたとしても不思議はないようなものばかりだ。」 女性店員はゲラゲラとお腹を抱えて笑う。 「お客さん、最初から変でしたもんね?出汁と水を間違えて飲んじゃうくらいですから!」 「あれは恥ずかしかった。」 「でも、私は変わり者って嫌いじゃないんですよ。見ていて楽しいし。」 「優しいんだね。気遣ってくれているのだろ?」 「そうですねぇ・・・半分正解です。」 「半分?」 「半分は本心よ。大将があなたを出禁にしようとするのを止めていたのは、私なんだ。美味しそうにラーメンを食べるおっちょこちょいの変わり者に毎日会いたくてね。」 「・・・それって?」 「ねぇ、あなたはラーメンを食べることが専門でしょ?私が、あなただけにラーメンを作るというのはダメかしら?大将には劣るけど、私も作れるのよ。」 「つまり、どういうことだ?」 「本当に鈍感な人ね。はっきり言うわよ。あなたが私を雇ってくれない?・・・ずっと好きでした。」 「・・・!?」 まさかの怒涛の展開に僕は思考が停止した。思考が停止している内に自然と頷き、気付けば、その女性店員と恋人になっていた。 実際に異動で海外に行くまでの6ヵ月の猶予期間で結婚まで決めて、夫婦で海外に飛び立った。今は家族と美味しいラーメンに囲まれて幸せに暮らしている。ただ、子供達には、僕の遺伝子が半分は入っている為、僕のような恥ずかしい大人にならないように、一生懸命に子育てしている。 「あなた!お待たせ!今日は、つけ麺の醤油味よ。」
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