行列の先には

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行列の先には

僕は平凡な会社員だ。決まった時間に会社に向かい、同じような仕事を行い、上司や同僚の顔色ばかり気にしながら日中を過ごす。働き方改革等と叫ばれ、残業するな!と追い立てられて帰宅する。残業できないから、給料も減っていくばかり。帰宅してもやることはないのだし、仕事があるのだから残業したいものだ。毎日同じことの繰り返しに、言葉にできない息苦しさを感じている。 そんなことを考えながら、いつものように電車に揺られていると駅員のアナウンスが聞こえてくる。 「まもなくA駅に到着します。お出口は右側です。」 僕は思わず独り言を呟く。 「やっちまったな」 僕はこの時、余所事を考えていて乗り込む電車を間違えたことに気付いた。しかし、A駅からでも徒歩で帰れる距離に自宅のある僕はA駅で下車し自宅に向かうことにした。電車を降りると、僕は蒸し風呂に入れられた気分になった。電車の中は涼しいが、外は灼熱地獄だ。真夏の暑さに喘ぎながら道を歩いていると、僕は古びた家屋の前にたくさんの人が列を作っている光景を目の当たりにした。 「これは一体何の行列なんだ?」 僕は不思議に思い、その家屋に近付くと、芳醇な醤油の香りがした。これは醤油ラーメンの香りだろうか?僕はその香りに悩殺され気付けば、列に並んでいた。 10分程並んだところで僕は後悔していた。行列は長く自分の番が回ってくるのは、まだまだ先だからだ。並んだことを後悔しつつも、醤油の香りを忘れられず、結局お腹の虫を幾度となく鳴かせて、ようやく店内に入ることができた。 「いらっしゃいませ!」 テニスを趣味にでもしていそうな明るい雰囲気の女性店員の甲高い声が響く。非常にスタイルが良くモデルのように美しい。古びた店には似合わない。何故こんな古びた店で、こんな女性が働いているのだろう? 「券売機で券を購入してください。」 どうやら事前に券売機で券を購入しないといけないようだ。僕は券売機でメニューを確認する。つけ麺にイチオシのシールが貼ってあり、醤油ベースのつけ麺、辛味を加えた醤油ベースのつけ麺、塩味をベースにしたさっぱり味のつけ麺等々、つけ麺のメニューが豊富に並んでいた。つけ麺以外にも、混ぜ麺や二郎系ラーメンのメニューもあるらしい。僕はイチオシと表示されている醤油ベースのつけ麺を選択した。店員に券を渡し案内された席に付く。 真夏の暑さにしてやられ、喉が乾いた僕は水を渇望する。席に付くと、すぐさまコップに水を注ぎ、それを飲み干した。だが、違和感を覚えた。水にしては妙に温かい。味も水ではないような? 「すいません、それは雑炊用の出汁ですよ。水はこちらです。」 「・・・!?」 女性店員に指摘され、僕は赤面し押し黙る。よく見れば、取っ手には出汁とシールが貼ってあるではないか?つけ麺のある店なら残ったラーメンの汁に出汁を加えて雑炊を作ることができるようになっている店もある。知っていたはずなのに。真夏の暑さで脳機能がオーバーヒートしているのだろう。 「・・・疲れているみたいだ。忘れてくれ。」 「ええ、お気になさらずに。」 女性店員の苦笑いと哀れみの視線が僕の心を抉る。穴があったら入りたいとは、こんな気分だろう。今すぐ帰宅し、布団にくるまって叫びたい思いだが、ここで店を出るのも恥ずかしい。僕は逃げ出すような思いでスマホを取り出しゲームを起動した。ゲームの対戦が2試合終わった頃、店員の声がした。 「お待たせしました。つけ麺の醤油味です。」 店の外で僕を魅了した香りに包まれる。それは今までの暗い気持ちを一掃するような衝撃的な出会いであった。
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