出会い

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出会い

僕の目の前には、醤油の香りがする汁と艶やかな色をした太い麺が置かれた。食欲をそそる香りと色合いに僕は一際大きくお腹の虫を鳴かせた。 麺を汁に絡ませて口に運ぶ。すると、口の中で幸せが爆発した。醤油の旨味を最大限引き出すように計算された汁は、程よい太さの麺とシンクロし最高のハーモニーを奏でていた。使われている油は、もたれるような鬱陶しさはなく、だからといって、あっさりし過ぎて物足りないこともない。手の届かない背中の痒い部分に手が届くような心地よさを覚えた。 僕は分厚いチャーシューやメンマを絡めて再度、麺を口に運んだ。素材がお互いの良さを打ち消す訳でなく組み合わせる程に、つけ麺の味わいは累乗で上昇していく。こだわりの卵は黄身の色合いが、黄色と言うよりも、黄金という方が適切で、光輝いていた。それほど卵が好きでない僕でも一級品であると分かる。気付けば、僕は麺を全てたいらげていた。僕はこの時間が終わってしまったことに喪失感を覚えながらも、満足感を得ていた。 「お客さん、もし良ければ雑炊はいかがですか?ごはんは100円で提供していますよ。」 僕は女性店員の言葉に心を踊らせた。まだこの幸福な時間は終わらない。残った汁に出汁とごはんを加えれば、この時間を続けることができる。僕は迷わずにごはんを追加注文して雑炊を作る準備をする。先程、水と間違えて飲んでしまった出汁を残った汁に投入する。僕の心にはワクワクが溢れている。ごはんが提供されると、素早く汁に放り込む。もう待ちきれないのだ。箸をれんげに持ち変えて、思いっきり雑炊を堪能する。出汁によって、醤油や油の主張が弱くなった分、あっさりと食すことができた。既にお腹に麺が入っている分、あっさりと食べることができるのは有難いことだ。始めのつけ麺は、幸せが爆発し無限に広がるような味だったが、締めの雑炊は幸せに包まれているような温かさを感じる味であった。 「ありがとうございました。」 僕は幸せな気持ちを抱きながら店をあとにした。出汁を水と間違えて飲んでしまい恥ずかしい思いをしたことや、真夏の蒸し暑さ、日々の息苦しさ等も全て忘却の彼方に追いやり、幸せの余韻を味わいながら夜道を歩いていった。僕はどうやら、あのラーメンに一目惚れしてしまったようだ。
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