10人が本棚に入れています
本棚に追加
篠田和奏は二十代後半、子供のいない専業主婦。夫、雄二のDV被害者だった。
若いころ働いていたが、外出すると雄二の機嫌が悪くなるため仕事をやめた。
再就職しようとすると社会の風当たりは強い。しかも雄二は和奏の外出を条件づけにした。和奏は死にものぐるいで条件を守らされているうち、次第に外出努力をしなくなっていった。
炊事で手がボロボロになる。ボロボロというより、すでに傷だらけだ。夏だからまだマシと言える。毎年冬は流血しながら炊事をすることになる。
最近知り合いから『ばあさんみたいな手だね』と言われた。
家事の最中の手袋は雄二が禁じていた。
電子レンジ禁止。
炊飯器禁止。
食事の作り置き禁止。
洗濯機禁止。
DV加害者は被害者が自分を痛めつけるような家事をすることを望む。
ダイヤリボンの担当職員は八幡浩司。朝からニュースで熱中症患者の続出する第一木曜、14時、浩司と向かい合って座って面談。
和奏は語った。
「一キロ太ると罰があります」
「無視して食べればいいんだよ」
浩司は笑顔で言った。
第二木曜、和奏は浩司に訴えた。
「経済的暴力を受けています」
「どんな」
「通帳を取り上げられています」
「取り返せばいいの」
浩司は笑顔で言った。
第三木曜、和奏は浩司に訴えた。
「暴言を吐かれます」
「無視すればいいの」
第四木曜、和奏は浩司に訴えた。
「逆らうと出て行けといわれます」
「甘ったれな人だね」
「どうして暴力対応しないのですか」
「まだ暴力かどうかわからないから」
浩司はやっぱり笑顔だった。
和奏は帰りに寄ったスーパーの洋菓子コーナー、真っ赤なラズベリーケーキの前でぽつねんと立っていた。
貧しいわけではなかったが、彼女にケーキを食べる自由はなかった。太ると罰がある。
翌日はTVで不幸な報道があった。
キャスターは痛ましいDV事件についてこう結んだ。
「どうして被害者が逃げられなかったのか、現在警察が調査中です」
最初のコメントを投稿しよう!