被害者が変われば

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 篠田和奏は二十代後半、子供のいない専業主婦。夫、雄二のDV被害者だった。  若いころ働いていたが、外出すると雄二の機嫌が悪くなるため仕事をやめた。  再就職しようとすると社会の風当たりは強い。しかも雄二は和奏の外出を条件づけにした。和奏は死にものぐるいで条件を守らされているうち、次第に外出努力をしなくなっていった。  炊事で手がボロボロになる。ボロボロというより、すでに傷だらけだ。夏だからまだマシと言える。毎年冬は流血しながら炊事をすることになる。  最近知り合いから『ばあさんみたいな手だね』と言われた。    家事の最中の手袋は雄二が禁じていた。  電子レンジ禁止。  炊飯器禁止。  食事の作り置き禁止。  洗濯機禁止。  DV加害者は被害者が自分を痛めつけるような家事をすることを望む。  ダイヤリボンの担当職員は八幡浩司。朝からニュースで熱中症患者の続出する第一木曜、14時、浩司と向かい合って座って面談。  和奏は語った。  「一キロ太ると罰があります」  「無視して食べればいいんだよ」  浩司は笑顔で言った。  第二木曜、和奏は浩司に訴えた。  「経済的暴力を受けています」  「どんな」  「通帳を取り上げられています」  「取り返せばいいの」  浩司は笑顔で言った。  第三木曜、和奏は浩司に訴えた。  「暴言を吐かれます」  「無視すればいいの」  第四木曜、和奏は浩司に訴えた。  「逆らうと出て行けといわれます」  「甘ったれな人だね」  「どうして暴力対応しないのですか」  「まだ暴力かどうかわからないから」  浩司はやっぱり笑顔だった。  和奏は帰りに寄ったスーパーの洋菓子コーナー、真っ赤なラズベリーケーキの前でぽつねんと立っていた。  貧しいわけではなかったが、彼女にケーキを食べる自由はなかった。太ると罰がある。  翌日はTVで不幸な報道があった。  キャスターは痛ましいDV事件についてこう結んだ。  「どうして被害者が逃げられなかったのか、現在警察が調査中です」
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