神様のギフト

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 それを見送った青年清掃員が、和奏の手を引いて再び面談室に入った。  内側からドアを閉める。  和奏は戸惑ったが危険を感じたわけではない。  壁には大穴が開いているため、密室とは言いがたかったからだ。  青年は床に背中のタンクを下ろして和奏に歩み寄る。  「和奏さん」   「誰」  「御門凪。ジョーカー隊員です。あなたは暴力を訴えるのをやめてしまいましたね。何があなたにそうさせたのですか」  「どうして知ってるの」  「ブログ拝読しました」  ジョーカーは武装福祉組織と聞いている。和奏は詳しいことは知らなかった。  「傍観者は被害者にものを教えられるのが不愉快なの。暴力の相談をすると、どこでも誰でも初日で思い込みだって判定する」  「よく勉強したね」  御門は和奏に優しく微笑した。  和奏は続けた。  「彼らに『それ暴力ですよ』って教えさせて、被害者が感動してあげるしかないの」  「ちょっとだけタメ口いいですか」  「はい」  御門は和奏を黒瞳でまっすぐ見つめた。  「何があなたにそう思わせるの」  小悪魔的で甘ったるい彼の黒瞳は、背徳感に似た快楽をもたらしそうな予感がしたが、和奏は吸い寄せられ逃げられなかった。彼女は答えた。  「いろんなところに相談して、ことごとく憎まれた」  「憎まない人のところ、行けばいいんじゃないかな」  「いない」  「何がそう思わせるの」  「誰も助けてくれないから」  「助けなかったの、誰」  「精神科医の沢田」  御門は優しく訊ねた。  「何が嫌だったのかな」  「あんたが変われば解決するって笑ってた」  「じゃあね、あのね、目の前に沢田をイメージしてみて。どんな顔してる?」  和奏は沢田を想像した。彼は八つの複眼をもち、緑色の汚い顔をして、さらに悪臭を放っていた。彼女は言った。  「緑色で醜く笑ってる」  「怖い?」  「はい」  「じゃあね、彼の顔に落書きしたあと、“餌をあたえないでください”って、マジックで書いて」  「はい」  「どんな感じ?」      和奏は沢田の滑稽さに目を見張った。  「馬鹿みたい……」  「怖い?」  「いいえ」  御門は促した。  「言いたかったこと言ってみて」  和奏は沢田に向かって発言した。  「被害者が心を入れ替えて解決できるのは暴力って言わない」  御門の声が入る。  「それから」  「豚」  「うん」  「仕事しろ」  「それから?」  御門は背中を押すように和奏のセリフに相の手を入れる。  「私の人生を返せ」  和奏は言ってから床に手をついて泣き崩れた。  御門が長身を折って彼女に清潔なハンカチを差し出してきた。彼女が受け取る。
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