被害者が変われば

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被害者が変われば

 7月の夜。  三十代の松田達明は今日も物差しで妻を殴っていた。 「ははははは、いい気味! お前が悪いんだ!!」  妻の女性は既に涙も悲鳴もなく、全身あざだらけ。生気を失った顔でされるがままになっている。    現場に飛び込んだレッドマンは精巧につくられたゴム弾で、達明を吹っ飛ばした。  達明に立ち上がる隙を与えず、続けざまに足技で攻撃。  やがて達明は泣いて謝罪した。  レッドマンはその場を去る。  彼は赤いバトルスーツに身を包み、深夜に法が裁かない悪を倒すダークヒーローだ。  暴力被害相談センターダイヤリボンの16時。  職員の八幡浩司は子供のいない四十代、バツイチ。相談室で来訪した和奏と、スーツ姿で向かい合って座っていた。  建物の外では7月のうっとおしい雨が降っていた。  相談室は訪問客のプライバシーを守る、カウンセリングルームのようなものだ。  彼女はテーブルの上に泣き伏した。  「毎日土下座させられています」  彼女は夫、雄二のDVで相談してきた。  ダイヤリボンは被害者救済の実績が評価されており、普通女性が対応する場面で、男性も活躍する。  7月はセンターに早い夏休みが控えているので、クライアントでごった返し、毎年大忙しだ。エアコンも人が多いと効かなくなってくるし、暑さで体力が消耗する。雨降りの今日は、屋内の湿度がさらに高く、不快極まりないという人もいるだろう。  浩司は仕事に追われたが、夏のキツさはそれとして、退社後のジムでの身体作りには余念がなかった。すっかり趣味である。  彼は相談にやってきた、二十代で一番輝いてる時代のはずの、和奏のだらしない姿に同情していた。  やせぎすの彼女は無化粧、コンビニの傘に100均のレインコート、見つける方が難しそうな、ずだ袋みたいなカバンでやって来た。    けれど、貧しいわけではない。  見た目のメンテナンスを怠っているのだ。  浩司は彼女の見た目を根拠に、彼女にも非があるのだと解釈して対応していた。  浩司は相談者が自己愛をやめたら、解決することはいっぱいあるのに、と内心思う。  どうして彼女たちは成長しないのだろう。    彼は彼女を諭した。  「あなたね、泣いてばかりいたら、こっちは助けたくても助けられないよ。人に頼ってばかりだから、加害者に勝てないんだよ」  彼女が帰って行った後、浩司が相談室から出ると、廊下に元被害者のダイヤリボン職員がいた。  浩司と同世代の畑中絵里奈。  いつものカラースーツスカート姿で、相方と協力して掲示物を張っている。  絵里奈はカウンセラーの資格を取り、結局ダイヤリボンに迷惑をかけずに自力で被害を解決した。  いつも笑顔いっぱいで、容姿は豊満、地中海風で魅力的。  今日のはちみつ色のアクセサリーと、空色のパンプスがまぶしい。  浩司はあれが正しい被害者だと思っていた。  レッドマンの正体は八幡浩司。昼間はダイヤリボンで活動している。
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