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「い、今のは、いったい何だったんだ?」俺は姿勢を戻して言った。
それが通り過ぎてしまうと、体の感覚は元に戻った。
だが、確かに何かが俺の中を通り抜けた。
そして、それは三千子ではない。一瞬、三千子の魂かと思ったが、一瞬見えたその顔は、まるで知らない女の顔だった。
「お父さん、怖がり過ぎだよ!」
裕美は楽しそうに笑った。俺と裕美の感覚に非常に大きな開きがある。裕美は全く恐怖を感じていないようだし、むしろ楽しんでいるような感じさえした。
それに比べて、なんて情けない父親だ。
「裕美にも、何かが見えたんだろう?」
俺はこれまで幽霊など信じたりはしなかった。だが、三千子のことがあってからは信じざるを得なくなってきている。
「私、見えたよ。あれって、幽霊じゃないの? きっと幽霊だよ。こういう場所だし」
俺は正しい答えを見失っていた。「あれは確かに幽霊だな」とでも言えばいいのか?
「お父さん、幽霊に好かれてるんじゃない?」
裕美は冗談ぽく言った。その言葉をあながち否定もできない。確かにそうかもしれない。
ここはそういう場所なのか?
何かで聞いたことがある。霊魂が具現化しやすい磁場があるという話だ。
一説によれば、霊魂はどこにでも存在する。だが普通に見えるものではない。
だが、その場所によっては、霊魂が視認できるような場所があるというのだ。
それが、具体的にどんな場所を指すのかまでは知らない。
ひょっとすると、ここがその場所なのかもしれない。
今、俺の中を通り過ぎていったのも誰かの霊魂かもしれない。
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