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俺は、そんな場所を見て益々好都合だと思った。
この洞窟の中に、三千子とはぐれた振りをして、置いてきぼりにすれば、それが俺の別れの意思みたいなものだと、彼女の方で悟ってくれればいい。ひどい男だと俺を嫌ってくれれば、猶更いい。
改まって別れ話を切り出すより簡単だ。言葉が不要だ。
俺は、そんな風に安易に考えていた。
これは、ただの遊びだ。別れへの道標みたいなものだ。
こんな考えに行き着いた俺は、かなり不器用な人間だったのかもしれない。女遊びを繰り返す近藤のような要領のいい男ではない。
近藤なら、もっと簡単に女と別れることができたのだろう。
三千子は俺に黙ってついてきた。
「中谷くんが行きたい所なら、私、どこにでもついていくわ」
いつもそうだ。三千子は俺に逆らったことなど一度もない。
「怖いから、手を繋いでいてね」
三千子はそう言った。
三千子の言う通り、最初は彼女の手を引いていた。
俺の手が汗ばむ。
「中谷くん、すごい汗」と俺の後ろで三千子は言った。
汗は、これから俺がしようとすることの汗だ。俺の企みを三千子に見透かされたような気がした。
怖かった。
三千子が何かを言っているわけではない。何も言っていないのに、心の中を覗き込まれているように感じた。いつもそうだった。
一刻も早く三千子と別れたい。そして、別の新しい道を進む。俺の中で、益々そんな展望が膨らんでいった。
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