口止め

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「俺のどういうことを言ったんだ?」 「市村三千子が訊くからさ・・彼女は、俺に、中谷くんの友達でしょう? と言って、中谷がどうしているか、しきりに訊いてきたんだ。俺は最近の中谷は知らないが、お前が結婚して、娘さんが大きくなるまでは知っているからな。そんな話を、最初は喫茶店、食事、そして・・わかるだろ?」 「つまり、俺の話がきっかけで、三千子と関係を持ったという訳か?」  俺の問いに近藤は薄ら笑いを浮かべた。 「しかし、俺の話題だけで、短い期間にしろ、よく続いたもんだな」俺は感心したように言った。 「だろ? 俺もそう思うよ」と近藤は笑って、「でも、俺にしちゃ、そんなことはどうでもいいんだよ」と言った。  なるほど、三千子を近藤の女性遍歴に加えるだけ、そのことにしか、近藤は考えていなかったということだ。  俺がつき合っていた女とそんな風になるとは、随分失礼な奴だな、そう思ったものの、それ以上に三千子の存在が大きく膨らみつつあった。 「中谷、悪いけれど、俺は、お前のことを色々と話しちまったぞ。もちろん、大した話じゃない。中谷が、いい所のお嬢さんと結婚した話。中谷の性格の話。高校の時のエピソードや、何度か飲みに行った時のことなんかも話したよ。それを・・」 「それを?」 「ああ、三千子は、俺が話す中谷のことを、頭の中に刻みつけるように聞いていたよ」  頭に刻みつけるように・・  その時の三千子の顔を想像すると、背筋がゾッとした。 「中谷くん・・」頭の中で三千子の俺を呼ぶ声が聞こえた気がしたほどだ。
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