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だが、つき合っていた時、どこに行ったとか、何を食べたとか、何を祝ったのか、まるで思い出せない。どれほど深い関係だったのかもよく思い出せない。
それに、彼女とつき合っているという事実を忘れてしまうこともしばしばあった。
合コンに誘われ、参加をOKした時など、「中谷には彼女がいたじゃないか」と言われたこともあった。
そんな風に、三千子と過ごした日々は、何かしらふわふわとしたような感覚があった。
更に、三千子のことを思い出そうとすると、何かでつっかえてしまう。心の中に、何かの壁があるみたいだ。
三千子と過ごした二年間だけ、二人の時間だけが、ドロップアウトしたみたいに、記憶が欠落している。
「おまえ、市村とつきあい始めた頃、俺に自慢していたじゃないか」
「そうだったかな?」
「ほら、映画・・何ていう題名だったか忘れたけど、向こうから手を握ってきたって、お前、言っていたぞ。俺は、そんな話は聞きたくもなかったがな」
そうだったのか・・
だが、近藤が憶えているのに、当事者の俺がよく憶えていない。当然、三千子と見に行った映画の題名など、全く憶えていない。映画に行ったのは、一回だけだったのか、それとも何度も行ったのかもわからない。
俺は、この年で健忘症なのか? まだ30代だぞ。
いや、頭は正常そのものだし、体に悪いところなど一つもない。
市村三千子・・どうしても彼女の思い出だけが引っ張り出せない。
そんな女と、どうして、そんなに長く、二年間もつき合うことが出来たのか?
その原因を手繰り寄せていくと、
一つのことに気づいた。
それは、三千子がいつでも俺の要望に応えてくれていたからではないだろうか?
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