16―お別れ列車

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16―お別れ列車

 群青色の空にまだうっすらと三日月が見える。ホームは、蛍光灯が冷たく光っている。 あの日から、私はいつも乗っていた車両と時間を変えた。始発から3本目の電車の2両目は、以前よりも人が少ない。一つずつ空いた座席の下にカバンを置き、椅子に掛けた。荷物が一つ多いので、座れてよかった。。今日は、バレンタインデーだ。クラスの友達と交換することにしており、昨日、ココアマフィンを作った。以前、ガナッシュを作ったが、チョコレートの湯銭でてこずり、失敗した。以前作ったトリュフもドロドロになってしまった。単価は高いが、最近は焼き菓子を作ることにしている。マフィンなら友達ともかぶることもあまりないだろう。約束した6人分を100円ショップで買った袋にひとつずつ入れ、ショップバッグに入れた。あの日から、彼には、会っていない。連絡も取っていない。  紙袋を膝の上に置き、顔をあげると、そこに彼が立っていた。心臓が大きな声をあげた。 「久しぶり」 彼は、私を見下ろすように、短く言った。私は、呆然として何も言葉が思い浮かばなかった。 「うん」 今日は、バレンタインだ。今、私の膝の上にはマフィンが6つある。ナッツと美亜、しおりと桃ちゃん、瑠衣、響子にあげるマフィンだった。 「元気だった?」 「うん」 なんで、今日いるの。なんで、あのとき、来なかったの。聞きたいことがたくさんあったのに、口にできない。昨日作ったマフィンは、あなたのためじゃない。 「連絡とれてなくて、ごめん。携帯なくしてたんだ。」 どういうこと?そんな都合よく携帯なくす?それでも待ち合わせの時間には、来れたよね? 「そっちも大変だったと思うし、俺も携帯なくすし、いつもの車両にいないしで、連絡とれなくてさ……」 「うん、いいの。大丈夫。」 それだけ言った後は、何もお互いしゃべらなかった。きっと、彼は、膝の上のお菓子に気づいただろう。一つあげればよかったかもしれない。でも、そのときの私には、渡すことができなかった。  彼は、次の駅で降りた。なんで、なんで、疑問ばかりが私の頭をめぐった。学校につくと、みんなから約束の手作りのお菓子をもらった。私はなぜか、マフィンをロッカーに隠して、みんなに失敗したと言って、お菓子を渡さなかった。渡すことができなかった。ホワイトデーのときに、渡すねと、言葉少なにその日を過ごした。今日は、ひとりで帰った。帰り道、駅のごみ箱に作ったマフィンを捨てた。渡せばよかった。なんで今日いるの。その日は、もう何も考えられなくなった。  私たちは、それ以降、一度も連絡も取っていない。
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