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28―矢島雄一
「ちょっと会いたい」私が矢島にそんなことを言う日が来るとは思わなかった。
矢島は、「なになに、体育館裏に呼び出し?」とか言ってきたから、普通に新宿駅で待ち合わせでよろしくと伝えた。
「どうしたの?」
新宿駅の南口。人がごった返していたが、ストライプのシャツ姿の矢島を見つけた。小脇にジャケットを抱えてリュックを背負っていた彼は、きっと急いできてくれたのだろう。私を見て、最初に心配してくれた。矢島はみんなの前ではふざけたがるが、意外とまじめでやさしい。結構人生相談に向いてるやつだと思う。この会ってこなかった十数年もったいないことをした。
「ごめん、急に。ありがとう。なんか、矢島の話、この前聞かなかったなと思って」
私は、予約していた居酒屋に矢島を連れて、今日は私のおごりだからと言って、適当に注文させた。
私は、石くんのことを矢島に言うつもりはなかった。でも矢島と話すことで、何か落ち着ける気がしていたのだ。矢島の近況報告を聞こうと思っていたが、予想に反して、矢島から速攻で聞いてきたのだ。
「もしかして、こうちゃんのこと?」
矢島は一人で、ジョッキを私のグラスにあてた。思い出に乾杯と言って、ビールを口に運んだ後、つぶやいた。私は後に続いて口に運んだグラスワインを少しこぼした。
「中学のとき、こうちゃんて五十嵐のこと好きだったでしょ」
「いや、でしょと言われても」
矢島のセリフが私の心を乱した。絵里に会う前なら、喜んだかもしれない。だが、絵里の話を聞いた私の心はずっと薄暗い雲がかかっていた。
「俺がさ、渡辺がお前のこと、好きって言ったのもさ、こうちゃんの反応が気になったからなんだけど、まあ何もなかったね」
「ありましたよ、こっちは。あの事件以来、石くんにも杏にも、私が矢島のこと好きと思われてたんですよ」
「え。まじで?」
「まじ」
責任をとってほしい。もう聞きたいことは、聞いてやろう。
「ねえ、高校の時、絵里と石くん付き合ってたのって知ってる?」
「え、嘘。まじで?まじか。え、まじ?」
矢島は知らないようだ。この前の話からしてもおそらく、山崎も渡辺も知らないだろう。
「俺、お前と付き合ってたのかと思った」
「は?」
今日は、お互い驚くことが多い。
「秀明に行ったのってさ、こうちゃんと中条と、あと松山が行ってたけど松山からは、中条とこうちゃんとの話なんか聞いたことないぞ。中条ってモテたから、もし話あったら、絶対噂になってると思うけど。何より、こうちゃんから、中条の話なんか聞いたことないし」
とりあえず今、絵里とはきっと何もない。何もないのだ。大丈夫。私の勘違いだ。
「いや、石くんてどっちにしろ言わないでしょ」
「そうなんだけどさ。1回、俺こうちゃんに聞かれたんだよな。俺が五十嵐のこと好きなのかって。いやー絶対ないわって言っといた」
矢島的には、私に突っ込んでほしかったのかもしれないが、それどころではない。
「で、なんだって」
「ふーんって」
期待させて、落としてくるのが、矢島の常套手段だ。
「それ、いつ?いつの話?」
私もやたらと問い詰めてしまった。
「中学のとき。受験前ぐらいじゃね。それよかお前、高校入ってから、こうちゃんと仲良かったろ。電車とか駅で二人でいるの見たって奴何人かいたし。俺は、てっきりお前と付き合っているものかと」
「そんなんだったのに、君たちは、石くんに聞かなかったの?そういうことについて」
「聞いたよ」
「え」
「ゲームで俺に勝てたら、教えるよって言われて負けたから教えてくれなかった」
思わず、そこにあった伝票の板で、矢島の頭をはたいてしまった。コントをしている場合ではない。
「で、実際はどうだったの。いやまあ、今の流れ的にはお前らは付き合ってないんだろうけど、五十嵐は、こうちゃんのこと好きだったんでしょ」
顔が熱い。矢島の顔が見られなくなってしまった。本当に過去のことなら、そうでもないかもしれないが、今好きなのかもしれないし、矢島に恋愛の話なんてまだ、お酒が足りない。矢島は、にやついてる。
「で、でもね高校入ってからね。ここ大事なポイント」
「今じゃ、中学も高校もはるか昔の話過ぎて、どうでもいいんだけど。なんでまた急にそんな過去の話、ぶりかえしちゃってんの」
私の弁解に、冷静に返してくる。矢島は、私を弄んでいるんだか、相談にのっているんだか、よくわからない。
「違うでしょ。私は、矢島の話聞きたいって言ったのに、矢島が石くんの話してきたからでしょ」
「だってお前、この前のときのこうちゃんの話出た瞬間の慌てよう、やばかったもん。なんかあったんだろうなと思ったわ。よっぽど俺の方が気になるわ。二人の間に何があったのか」
完全に見透かされていた。いや、昔から矢島には、すべてがばれていたのかもしれない。
「ないよ。なんにも。本当に。高1のとき、仲良かっただけ。」
「で、急に思い出しちゃったと」
なんにも言えないでいると、矢島は溜息をついて、枝豆を食べて言った。
「中学生か、お前は。こうちゃんだって、困るでしょ。付き合ってる人いるし、結婚するだろうし」
そんな当たり前のことを言わないでほしい。私だってわかっている。気にしても、よくないと思っているが、どうしても確認したい。
「……結婚したの?」
上目遣いになって聞いてしまった。矢島は、私の目を見て、一瞬の間を置いて言った。
「してないよ。してないけど、お前の勢い怖い。してたら、どうするの?してなかったら、なんかはじまるの?」
最初のフレーズで安心してしまったが、すぐに現実的なことを突き付けられ、心臓が痛くなった。矢島に翻弄されっぱなしだ。昔なら絶対反抗していただろうに、今は何も言えない。いつから男は大人になるのだろう。子供の時は、圧倒的に女の方が、大人だったのに。今じゃ、立場が逆転だ。私と矢島じゃ、子供と先生ぐらいの差がある。いや、昔から、ずっと、そうだったのかもしれない。
「分かってる。わかってるの。石くんに会うつもりなんかない。本当、会ったらダメなのわかってるから大丈夫。だから、あんたを呼んだの。でも、今はちょっと、待って。まず過去をね、清算してから次に行きません?」
「だって、過去のことなんか、それ以上俺ないもん。でも、いろいろ勘違いさせた俺にも責任あるから、話は聞く」
絵里に会った話をすると、矢島は、怪談話と思ったようだが、思い出して教えてくれたのは、石くんの携帯のことだった。確かに、その頃なくしたようで、矢島との連絡もしばらくしてからだったらしい。携帯持ち込み禁止の高校でなくしたようで、あまり大っぴらに探すことができなかったらしい。
私は、真実を知りたくなっていた。でも何もしない。できないと思っていたし、矢島も話は聞いてくれたが、何も言わなかった。でもそれでいいのだ。何もしないのが、一番、石くんのためになるのだから。それでも矢島に話してすっきりしたのか、以前より冷静で、おだやかにいられている気がした。
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