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14―妄想当番
「石くんの家は玄関入ったらさ、シャンデリアがあるんだよ。玄関の目の前には大階段みたいのがあってさ。」
本当にそう思っていた。石橋幸太郎は、男子陸上部の部長で学級委員とかを務めているまじめでしっかりものだった。家のことは何も知らなかったが、みんなの中で、石くんは、おぼっちゃんだったのだ。中学の学級委員なんてお調子者か、おぼっちゃんに決まっている。石くんは、お調子者ではない。
いつもの給食の時間。36人のクラスを6班にして、その班で机をつけて食べていた。私にとっては、体育の次に楽しみの時間でもあった。
「どこ情報だよ。うち来たことないじゃん。」
石くんは、口に含んでいたものをしっかり飲み込んでから答えた。
「でも絶対シャンデリアあるでしょ。で、おやつの時間には、お母さんの作ったクッキーが出てくるんだよ、ね、渡辺?」
「まあ、確かにシャンデリア的なものはあったかも。」
渡辺は、石くんと同じ陸上部だ。賢くやさしい性格だったが、地味で頼りないタイプだ。この前の席替えで、渡辺の隣になったが、いつも誰かの後ろに立っている姿を見ると、なんとももどかしい。勉強はできるため、いざとなったら頼りにしてしまう。今日も数学で私がさされたときに、こっそり教えてくれた。
「ちなみに渡辺の家には、大きな水槽があるんだよ。将来は、理科系の教授ね」
「うち、熱帯魚いるから水槽あるよ。」
渡辺は、すごいとでも言うように、応えてくれた。
「ただのイメージでしょ。」
一方で、いつも石くんには、適当にあしらわれる。それでもなんだかんだ反応してくれるからやさしい。
「それでいいのです。あ、今日阪海と南武の交流戦だね」
私は、調子よくしゃべるキャラクターだ。石くんも渡辺も南武レイブンズが好きだったし、私は、阪海の選手が好きで、阪海ファンだった。給食の会話では、私の妄想発表と野球の結果についてディスカッションが行われていた。中間テストの後の席替えで決まったこの班は結構気に入っていた。3年生にもなると受験勉強やら、部活の引退やら、考えることが多くなる。オープンに話せるこの給食の時間は、思春期の私にとっては、安定剤だった。
「昨日の蒼井くん、かっこよかったあ」
「杏、蒼井くん派だもんね」
いつものように給食の時間がはじまった。今日は、クラスで朝から昨日のドラマの話で盛り上がっていた。それぞれタイプの違う高校生による恋愛コメディだった。給食の時間に入ってからも、ドラマの話は止まらない。女子は、盛り上がっているが、男子は、口をつぐんだままだった。昨日はクールで真面目な蒼井くんと、おとなしくてやさしいハナちゃんが急接近する回だった。同じ班の杏は、蒼井くんがお気に入りらしい。なんとなく、蒼井くんと石くんはタイプが似ている気がする。
「石くんも蒼井くんタイプだから、ハナちゃんみたいなお嬢様タイプがお似合いだね。おとなしくて、やさしい子。相性ばっちり!」
私は、思ったことをそのまま言葉にした。
「はいはい」
石くんはそうだとしても、そうでなくてもこういう反応ができる。大人なのだ。恋にうつつを抜かすタイプでもないのだろう。そんな石くんにはおとなしくて、やさしい後輩タイプのハナちゃんがぴったりだ。ハナちゃんタイプのクラスの女の子は誰だろう。杏?もっと別の誰かが当てはまるような……。そんなことを考えていたら、石くんから反撃が来た。
「そういう自分はどうなんだよ」
「え、私?私は……マスターかなあ」
マスターとは、主人公のバイト先のカフェのマスターだ。恋愛コメディにはかかせない場を賑やかにするキャラクターだ。普通の感覚とずれているのは分かるが、少なくともさわやかな蒼井くんはタイプではない。
「年上で余裕ある感じ!まあまあ私の話はいいのです。次、渡辺ね。渡辺は、やっぱり、しっかりちゃっかりタイプがあってるから、楓だね。びしばしした姉御肌」
軟弱な渡辺には、主人公の楓みたいな渡辺を引っ張るタイプの女子がいい。
「それ、五十嵐じゃね?」
私の声は大きい。以前、二つ隣のクラスからも声が聞こえると言われた。隣の班から、お調子者の矢島が乱入してきた。
「渡辺、五十嵐のこと好きだもんな。五十嵐の妄想もたまには当たるじゃん」
私はその一瞬、呼吸の仕方を忘れ、何も言えなくなった。
「ちょっと矢島っち、やめてよ」
渡辺は、矢島の方に駆け寄った。
「席替え最高だったって言ってたじゃん」
渡辺が矢島を止めていた。私の妄想タイムがあらぬ方向に進んでしまったことを理解した。
「えーと、ごめん。いろんな意味で無理」
そのまま口に出してしまった。なぜか涙が出てきた。悲しいのか、悔しいのかよくわからない。クラス全体が重い空気になってしんと静まり返った。矢島のせいだ。私は女子の友達から、かばわれることになった。最も不憫なのは、渡辺なはずなのだが。たまに会話に入って盛り上がる先生も急な展開に、呆れた様子で立ち上がり、クラスに着席して給食を食べるように促した。すぐに、いつもの給食のざわつきが戻ったが、私の班は、誰一人しゃべろうとしなかった。
矢島と渡辺は陸上部で仲が良かった。矢島は、なんにも考えていないのだ。ただ、その場が盛り上がればいいと勢いで口走っただけで、渡辺とか私のことが嫌いだからとか、ばらしてやろうとかそういうのじゃないんだろうと思った。私は矢島と小学校の6年間同じクラスだ。もはや、くされ縁だ。翌日からしばらくは、矢島とも渡辺ともほとんど話すことはなく、渡辺は、私に対していろいろ遠慮するようになった。渡辺と矢島のじゃれあいも、あの事件以降見ていない。
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