15―バトンパス

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15―バトンパス

放課後、体育委員の私は学級委員と体育祭の打ち合わせで教室に残っていた。HRでは、文化祭の話で時間切れになり、体育祭の方向性を、我々が決めることになった。女子の学級委員である杏が、黒板に足の速いメンバーを書き出す。石くんと体育委員の金子は、最前の机にもたれかかっている。私は、教卓の中にあったパイプ椅子に座っていた。  私のクラスである2組の男子は総合的に他のクラスよりも速いが、女子のメンバーは決して速くない。男女別の男子リレーでは勝てるが、女子リレーは厳しい。男女それぞれで1位なら申し分なく配点は高いのだが、そうはならない。配点が男女別より少し高い男女混合リレーに勝負に出るかが最後の議題だった。私は、一択だった。 「男子は確実に1位をとってほしい。男女混合リレーじゃ1位確約にならないし、女子が足手まといにはなりたくない。女子は女子で、上位を目指すから。男子リレーに賭けよう」 杏も金子も納得してくれた。石くんもうなずいてくれると思った。でも、石くんは違った。 「せっかく最後なんだから、男女混合で勝負しようよ。リレーは、バトンパスが大事なんだ。練習すれば混合だって1位とれるから」 意外だった。石くんこそ、確実な方を選ぶと思ったのに、自分の1位を狙わないなんて。他の二人も意見が割れていた。でも私の意見は変わらない。それには理由があった。 「最後の種目は、男子リレーでしょ。私は、体育祭の最後に勝つのは、うちのクラスがいい。うちの男子が最後にゴールテープを切ってほしい」 学年トップではないが、クラスで一番足が速いのは石くんだった。私としては、学級委員が最後にゴールテープを切れれば、それがいいと思っていた。総合順位なんて何が起きるかわからないものに賭けるより、最後に確実に盛り上がりたい。杏も金子も同意してくれた。石くんは、少し間を置いて、静かに言った。 「いや、ごめん。俺、混合がいい。混合でしか走らない」 驚きとか、反抗の前に、拍子抜けしてしまった。石くんて、こんなことを言う人だっけ。今まで私が知っていた石くんとは違った。杏も目を丸くしていたが、金子は怪訝な顔をしていた。 「男子リレーじゃ、ほぼ陸部になるだろ。部活対抗もあるし、だったらクラスのみんなと走りたい」 金子は納得したようだった。単純な奴だ。私は、石くんの意外な態度に反抗する気にもなれず、石くんの意見に従うことにした。  体育祭メンバーの大筋を決め、明日、クラスに方向性を話す資料を作っていた。走順も決まった。女子の最後が私で、その次のアンカーが石くんになった。話し合いが終わる頃、金子は、友人に呼ばれ教室を出ていき、杏も塾の宿題が終わってないからと急いで帰っていった。残る私と石くんも帰り支度を始めた。石くんは、カバンを背負い、つぶやいた。 「ごめん。わがまま言って」 「いや、いいよ。私もわがままだった。女子なら1位とれなくても仕方ないって思ってもらえるかなって。他力本願でした」 私は、小学校高学年からずっとリレーの選手だった。去年は、クラスの大本命の女子リレーで第一走者だったが、次の走者にうまくバトンを渡せず、なくなく1位を逃した。女子リレーでは、アンカーはバトンパスしなくてもいいが、男女混合リレーでは、女子は全員バトンを次に繋げなければならない。正直、それが嫌だったこともある。そんな話を真剣に聞いてくれた。弱い自分をさらけ出した気がして、恥ずかしくなった。 「大丈夫。俺はちゃんと受け取るから」 石くんなら、普通に言いそうなセリフなのに、私は少し顔が熱くなって、石くんの顔が見られなくなった。 「なんか石くんが言うと、なんか信用できるね。カードローン頼んじゃうかも」 何か言わなければと、ちょっと無理のあるたとえをしたら、低金利にしておくとか言ってくれた。 「そんなに陸部で走るの嫌だったの」 「あいつらには内緒な」 石くんは、茶目っ気たっぷりに、人差し指を立ててそう言った。いつも見ない石くんの表情に驚いたが、そのあと二人で笑った。石くんも冗談を言うのだと知った。  急に思い出して、例の事件以降、距離を感じていた矢島と渡辺の仲を取り持つように頼んだ。 「振ったことの罪滅ぼし?」 いじわるなことを言うもんだ。私の普段の行いが悪いのか。 「いや、そういうわけじゃなくて。私としては、そのままの思いが出ちゃったから、後悔もなにもないんだけど。なんていうか、私のせいで二人が仲悪くなるの嫌じゃん。あとリレーの練習しにくい」 「ふうん。あのとき、矢島のこと好きなのかなって思ったけど違うんだ」 「え、なんでそうなっちゃうの」  意味が分からなかった。なぜ矢島が好きなことになってしまうんだろう。確かに、たとえば好きな人から、好きでもない人の自分への告白を聞いてしまったら、悲しくなるだろう。そう見えたのだろうか。やるせない気持ちになった。ほかの人からもそう見えてなければいいのだが。あの事件に重ねて、変な噂を流されては困る。二次災害だ。矢島を一生恨むかもしれない。  でも、それ以上石くんは、何も聞いてこなかったし、反抗すると余計疑われそうで、私も言わなかった。すぐに矢島と渡辺はいつも通りに戻った。私の不安は、杞憂だったようで、いつの間にか、私も彼らと依然と同じ距離感に戻った。だが、その事件以降、妄想タイムを封印した。  そして体育祭当日、男女混合リレーに賭けた我々は、後半、追い上げたのだが、結果は2位だった。バトンパスもうまくいったが、追いつけなかった。総合優勝も逃した。私は、行き場のない思いに打ちひしがれていた。最後の体育祭、勝って、終えられたらよかったのに。まあリレーも5クラス中4クラスが男女混合で勝負をかけてきたのだから、そのわりに健闘したと思う。もちろん、男女別に賭けていたら結果は、違ったかもしれない。どちらの可能性もあったわけだから仕方ないと、そう言い聞かせた。男女混合リレーを提案した石くんは、黙ったままだった。  例のごとく、体育委員と学級委員は、最後の細かい片付けをしていた。後輩と、最後の得点板を片付けた。2組は、632点だった。1位のクラスとは、10点差だった。10点しか違わないのかもしれないが、満点と赤点ぐらいの違いを感じる。数字の札はそのままで、体育倉庫の一番奥にしまった。私たち3年は、見ることはもうないが、この数字は、来年の今日まで残る。後輩たちは、この数字を見て、何を思うのだろうか。惜しかったと思うのだろうか。きっと、同じような思いをするクラスの体育委員がまた出てくるのだろう。、  体育倉庫を出ると、奥にある部室の隅に杏がいるのが見えた。後輩と別れ、一緒に教室に戻ろうと声をかけようとしたが、石くんと一緒にいたようだったので、やめた。なんか、いい雰囲気のように見えた。告白でもするのだろうか。はじめてそういうシーンを目撃してしまうかもしれないと、体育倉庫の柱の陰に隠れ、その様子をのぞいた。そういえば、委員決めのときに、学級委員に立候補する杏に驚いたことを思い出した。杏は学級委員をするタイプではない。今まで、気が付かなかったが、石くんに気が合ったのかもしれない。そう考えてみると、修学旅行の班決めのときも、陸上部と一緒がいいと言って、そうなっていた気がする。そんなことを考えていたら、柱の前を杏が走って通りすぎていった。呼び止めようと思ったが、私には全然気づかなかったようで、あきらめた。あの雰囲気はなんだったのか。考えたことは気のせいだったのか。私は欲求不満なのか。それとも……。 「なにしてんだ」 「うおお」 いつの間にか、目の前に石くんがいて変な声が出た。 「盗聴かよ」 「なにも聴いてないって」  盗聴か確かめるなんて、絶対なんかあると思ったが、杏が石くんに告白して、石くんが振ったのだろうと想像した。 「私、杏はいいと思うけどなあ」 ちょっと、つぶやいてみた。だって、石くんにお似合いのおとなしくて、後輩タイプだもん。 「とにかく詮索すんな」  いつもと同じトーンで言われている気がしたのに、普段感じない冷たさに、身の毛がよだつ思いがした。逆ギレされても困ると思ったが、石くんがフラれたのだろうか。それは、一言余計だったかもしれない。それでも、リレーの結果のこともあってか、さらに余計なことを言ってしまった。 「もし、男女別にかけていたら違ったかも」 「本当、俺のせいで負けたわ。」 そう言って、ひとりで戻っていってしまった。お互い、いいことなんて何もない体育祭だったんじゃないと、小さくつぶやいた。  そのあと、石くんも杏も何事もなかったように、クラスで過ごしていたが、二人の距離が以前より遠くなった気がする。今まで意識したこともなかったからわからないが、なんとなく石くんと私の距離も遠くなったように感じた。
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