頭の中の永久欠番

16―ボンベ

９月。メールはほぼ毎日続いていたが、だんだん文字数が増えていくメールは毎回５００字を超えるようになり、お互い１日１回だけになった。私の毎日の楽しみだった。

―今日の化学のテスト死んだ。モルまじで意味わからん。モルマジラン現象って呼ぶことにするから、石くんも使っていいよ。多分、理系に進む登竜門なんだきっと。理系に来るなって言われてる気がする。
　文化祭、来週なんだね。出店いいじゃん！ライブもするんだね。石くんの学校は大きいから、文化祭も盛り上がるんだろうな。かわいい子もたくさん来そうだ！うちの文化祭も来月にあってさ、おばけ屋敷をすることになったんだけど、なんかいろいろ大変…。しかもうちの文化祭自体しょぼいから、この努力報われる気がしない。
　そういえば、前話したクラスの付き合いはじめた二人なんだけど、成績落ちたから別れろって先生に言われたんだって。そんなこと言ったら、片思いのときだって、勉強が手につかないと思わない？もちろん、片思い禁止なんて言われたって困るけど。まあ別れたからって成績よくなるもんじゃないってのは確かだよね。超理不尽。―

　昨日の石くんのメールは寝落ちして返せなかった。これぐらいの量をメールで打ち込むのは、結構な時間がかかる。それでも今日も勉強したご褒美に、夢中になって、返信した。だいたいは、近況報告で、最近はクラスの状況も話すようになった。私の学校は、基本恋愛禁止だ。そんなこと言ったって、人間の感情をどうこうできるもんではない。そして先生のセンサーにより、付き合う行為は、すぐばれる。この前は、二人で一緒に帰っているのを注意された男子と女子がいた。二人は、いとこ同士で、生徒の中では相当な笑い話になった。先生は、きまり悪くしたようで、そこからは少し落ち着いたような気がしたが、昨日、久しぶりに捕まった二人がいたのだ。

―俺もモルマジラン現象だわ。俺はもう文系って決めてるからいいんだけどさ。世の中の誰かはしなきゃいけいない計算かもしれないけど、一生使わないやつにこの計算させようとするの無駄な時間だよな。
　クラスの出店なんてただただ面倒なだけだわ。バンドは、デビュー戦だからね。とりあえずオーピリのコピーする予定だから今練習中。確かに、文化祭自体は、大きいと思うから、五十嵐も見に来れば？
　うちの学校も結構そういう傾向あるかも。確かに片思いの方がよっぽどかもな。両想いは余裕あるじゃん？知らんけど。
　全然話違うかもだけど、この前話したバンドメンで海行ったときバスだったんだけどさ。帰りのバスで、大学生っぽいカップルがいたんだよ。ダイビングしたみたいで、魚の群れがきれいだったの、海藻が揺れてただの、もっと深いところまで行きたかっただの話してたんだよ。俺たちはもちろん素潜りだったわけ。なんか俺、必死に潜ってたなって。隣のカップルはボンベ担いで、呼吸も楽にできて、一緒に海の底まで潜って余裕だもんな。素潜りの必死で呼吸を我慢して、全然深くまで立ち入れない感じがが片思いに似てるなって思った。―

―めっちゃ片思いしてるね（笑）おとなしくてやさしいお嬢様タイプ？絵里みたいな！―
　いつもなら、翌日、まとめて返信するのだが、片思いに馳せていた言葉に触れないではいられなかった。石くんは、今まさに誰かのことが好きなんだろう。だが、それを全力で受け止めることができず、はぐらかした。それでもはぐらかすのに、なぜ絵里を出しのだろう。自分でもわからない。それでも中学のときにやっていたドラマに絵里に似ている子が出ていた気がする。
―別にそういうわけじゃないけど。全然違うから―
　どこまで触れたらいいかわからなくて、酸素ボンベの写真を送ってあげた。これ以上、この話題に触れて、恋の相談に具体的にのってしまったら、この楽しい時間を失うかもしれない。毎日メールをしているのは、趣味の合う、気の合う友達としての存在としか考えていないかもしれない。今が楽しかったし、それでいいと思った。それ以上の関係になりたい気持ちがあったかもしれないが、今以上になりたい思いより、今以下になることの方が嫌だった。そんな突然発言のせいで、文化祭のお誘いのことを忘れてしまった。でも文化祭に行って、石くんの隣にかわいい女の子がいて、俺の彼女って紹介されたら、終わりだと思った。