28-慎一

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28-慎一

「6月1日に結婚しました。11月4日に結婚式を行うので、日程あけておいて」  ネイルの瓶をそっと片付けていると、同じゼミだったメンバーからメッセージが入った。 「同じゼミだった子、結婚だって。めっちゃうれしい」 「芽衣ちゃんはそういう世代だね」  そういう世代というのは、結婚適齢期と言いたいのだろう。高校からの友人のナッツの結婚式も来週に控えている。大学の市川ゼミのメンバーでは、2回目の結婚の知らせだ。うなり声をあげながらレースゲームをしていた慎一は6つ年上だ。3年前、働いていた会社の関連会社にいた彼と付き合い始めた。もともとお互い独り暮らしで一緒にいると楽、家賃や光熱費を考えると二人で暮らした方がお得と思っていた。 「欲しがりません。青春は」 「我々に 恋する暇は ありません。」  大学を卒業し、社会人1年目の7月、同じ高校の友人だったナッツとスパに行った。くもり空だったが、夏の露天風呂にはちょうどよかった。私たちがいくつかの風呂を渡り歩いている間もそこのお湯につかっていただろうおばちゃんを前に、学徒出陣のようにスローガンを掲げた。結婚願望の強かった私たちは、第1回婚活ミーティングを行った。まずは、リミットを決めよう。30歳を過ぎては、出産のリスクが高まる。ということは、そろそろ婚活を始め、遅くとも相手を決め、26歳ごろから付き合いはじめなければいけない。同棲を1年くらいして28歳に結婚。1年二人の時間を過ごして、30歳までに第一子を出産するスケジュールでいかなければいけない。ある程度のスケジュールが決まったところで、素朴で初歩的な疑問が沸いた。私たちにそんなチャンスと可能性はあるのだろうか。我々にとっては、かなりの過密スケジュールではないか。計画通り行くのだろうか。でもうちの母親でも結婚できたんだから大丈夫じゃないかなんて、最終的に親に失礼なことをこぼし始めたころには、おばちゃんはすでに風呂からあがっていた。  私たちは、それまで彼氏ができたことがなかった。ナッツは、好意を向けられることが多いのだが、いつもその相手はタイプではないらしい。ナッツの彼氏への条件が厳しいのだ。理想が韓国アイドルなのだから仕方ないのだが。かわいい男の子が好きとナッツは言うが、果たしてそれが、彼氏として結婚相手として理想なのかどうかはわからなかった。大学時代、限られた環境の中で、特に恋や異性に対して興味を持つことも、自分から進んで見つけようとも思ってもいなかったナッツだが、社会人になると人は変わるものだ。季節ごとにゼミの女子で飲むと、ナッツから必ず合コンの話が出てくるようになった。虎視眈々と結婚に向けて努力をしていたのだ。  25歳を迎えるころ、ナッツから、ゼネコン系に勤める子にアプローチするとの宣言があった。しかし、合コンに参加してた他の友達も狙っている。友達はみんなかわいいから心配だけど、押しまくる。そんな話をしてから、しばらく経ってその子と付き合い、あれよあれよと結婚まで進んだ。結局ちゃんと、タイプのかわいい男の子をゲットし、ミッションをこなしたのだ。  私は素直にうれしかった。ナッツは、はじめて付き合った人との結婚だ。周りからも認められ、祝福され、人生で一番輝いているのではないかと思うとただ一友人に過ぎない私だが、まるでわが子の結婚を迎える親のような気分になる。  一方私は、宣言に反して、余裕の時を過ごしている。余裕の時といえば聞こえはいいが、何もしていないだけである。自分に自信がないと、自分から人を好きになること自体をあきらめるのだ。ひとめぼれの恋なんて夢のまた夢だ。ロミオとジュリエットになにも感動を覚えない。ただ社会人になると、話の合う異性と仲良くなれるもので、声をかけてもらえるのだと、学生と社会人のギャップを感じた。好意を抱いてもらえるのは、うれしくて、こんな私でも何度か付き合うという経験ができたことは、大学卒業直後の私に報告してやりたい。 「おめでとう。めっちゃめでたい。式、めっちゃ楽しみ」  そんな返事をすると、他のメンバーから、 「SNSで見た!おめでとう!!」 と返事があった。  私は学生時代、SNSで若干の投稿はしていたものの、アカウントだけは残し、社会人になってからはほとんど触れていなかった。余計な人の余計な情報が目に入るのが嫌なのだ。それでもその投稿が見たくて、アカウントをつくったときぶりに、ページを開いた。おそらく別のSNSのアカウントと連動していたのだろう。100人ほどのフォロー、フォロワーがあった。残念ながら、その中に彼女はいなかった。  「あーくそ」  赤いスポーツカーが慎一の黒の高級車を最後に追い抜いていき、彼も悔しい思いをしたようだ。  投稿を見ていると、会社の上司や意識高い系名前だけ知り合いさんの手作りサラダランチやキャンプの様子が投稿されていた。こういうのを見ると、いつもこれは投稿が目的なのか、それともあくまで報告なのかと考えてしまう。かくゆう私も友人を家に呼んでパエリヤとかチョコレートフォンデュだとか映えそうな料理をしてしまう。友人が、うちで料理の写真を撮って久しぶりに投稿できると言ってくれるのは、やはりちょっとうれしい。  指を滑らせ、画面をスクロールする。中学時代のクラスメイトだった山崎の結婚式の様子が投稿されていた。  「へえ山崎も結婚したんだ」  「…山崎って誰だっけ。」  独り言に反応してもらって申し訳なくなったが、なんでもないよと伏し目がちに答えた。慎一は、ゲームに熱中しながら、ぼそっと言った。  「芽衣ちゃんもそろそろ結婚する?」  あれ。なんだ今のは。  「なに、結婚する?ってのは」  「いやそろそろ芽衣ちゃんもそういう年齢だし、付き合って3年ぐらい経つしね」  慎一はそう言って、黒の高級車を走らせていた。  「そうだね。明日早いから寝るね。8時には出るから」  「うん。洗濯も掃除もしておくからね」  ありがとうと言って、スマホを持ったまま、水玉のベッドカバーのシングルベッドに飛び込んだ。ベッドは私が独り暮らししていた時のものをそのまま使っている。  そろそろ結婚する?とはなんだかよくわからなかった。プロポーズのつもりだったのだろうか。それにしては、ときめくことも感動もなかった。プロポーズというのは、一生に一度あるかの一世一代の決死の行為だろう。きっとこんなもんじゃない。夜景の見えるレストランで指輪の箱を開くイベントのことじゃなかっただろうか。確かに、それはドラマの見すぎかもしれない。一輪刺しがテーブルセンターに置いてある小洒落たレストランも跪いてキザに決める一言も慎一には、まったくと言っていいほど似合わないし、難易度が高いことはわかっている。それでもなにかもう少しあるだろう。そんなことを考えながら、スマホをつけ、白いタキシードに身を包んだ山崎の笑顔の上にあった友達検索を押した。検索欄に『石橋幸太郎』と入れた。検索に何人か引っかかったが、すぐに目当ての石橋幸太郎を見つけた。自分の心臓の音が動いているのが分かった。1年前の投稿が最後のようだ。オレンジ色の夕焼けと薄暗い海、手前のテトラポットが歪んでいた。房総半島の写真だった。誰と行ったのだろう。一人旅かな、きっとそうだと自分を言い込め、それ以上は見ないことにして、、携帯と瞼を閉じた。
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