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二人の会話は続き、時折母の眉根がひそめられる。あれほど凛とした美しい表情をどれくらい久しぶりに見ただろう。
「陽斗……」
「大丈夫、桐谷さんに任せよう」
朱莉が不安気に俺を見上げている。兄貴が大変な状況の時に駆けつけてくれた母に、曖昧な嘘はつけない。
「そうですか、よくわかりましたわ」
母の声が響く。旅館の女将だった頃によく聞いた、威厳ある重い響き。
「すぐに動きましょう。あとはお任せなさい」
「江崎さんのお母様に本当に恐縮です」
深々と翔が頭を下げている。母は話し終えるとベッドの脇まで来て俺ではなく朱莉と向かい合った。
「残念ね、貴方に嫁いで貰えたらと願っていたわ」
「ごめんなさい…… 本当に……」
母は軽く溜息を吐く。ふっと笑みを浮かべて朱莉に笑いかける。
「信じた道を行きなさい。後悔のないようにね」
また来るわ、そう言い残して病室を出て行った。
老舗旅館の女将だった母は人脈が広い。母が出て行った後、翔は俺達に説明した。
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