第14章 そろそろ、どうでしょう

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お、アクセサリーなんて珍しいね種村さん。もしかして、旦那さんのクリスマスプレゼント?とか訊かれてもにっこり笑ってはい、そうなんですって普通に答えてる。別に今のところそれで絡んでくるような人もいないし。 だけどありがたいことに川田はわたしの弁解を真に受けて、相好を崩してころっと態度を変えた。 「そっか。やっぱどこでも、しょうのない男はいるもんだな。そりゃ確かに、お前みたいな子が。いつも綺麗な格好していかにも男からもらった指輪なんかこれ見よがしにつけてたらなんか、構ってやろうと思うかもしれないよな。わざわざそんな輩の目を引くような要素、避けるに越したことないのかもな」 いえうちの会社の連中も取引先の方々も。全然そんな、変なひとたちじゃないんですよ…。実際は。 半分以上嘘八百な言い訳を使ったことに疚しさがないでもないが。こいつに押し負けて、毎日どこに行くんでも必ずこの指輪をしていけ、なんて約束させられたらと思うと。 わたしはこっそりと左手の薬指に意識を向けた。ちゃんと結婚以来、そこには星野くんと交換したシンプルなプラチナの指輪が嵌ってる。最初は何とも言えない違和感で気になって仕方なかったけど、今では微かな重さが程よい感覚で、すっかりそこにあることに慣れた。 多分、これに対抗するものをわたしの身に常時つけさせたかったんだろうけど。だからって誕生石を嵌めた指輪を既婚者に贈るとか。発想としてどうなの、って思う。 すっかり納得したらしい顔つきですりすりと頬を寄せ、川田はわたしをあやすように抱きかかえて機嫌よく話しかけてきた。 「いつも俺を思い出させるものを、と思ったときに指輪はいい線と思ったんだけどな。何してても目につくし…。でも、確かに目立ち過ぎるって言われればそうかも。そしたら、今度はネックレスとかどうだろ。服の下にしちゃえば周りからはわからないだろ?それでお前の一番身近にいつもぴったりといられるし…」 「いやいやいや、それは」 わたしは焦りを気取られないように逸る自分を抑えつつ遮った。 そんなことになったら今度こそ。完全に星野くんからのものと被っちゃうじゃん。 いつでも重ねてネックレスを二つ身につけるのを想像するとさすがにうんざりする。なんか拘束具みたい。まあ、星野くんの方は全くそんな意図ないし。いつもつけてるのもわたしが勝手に好きでしてることだから、強制は全然ないが。 だからってじゃあ、彼からの贈り物を家に置いたままにして言われるがままに川田からのものだけを身につけるのも本末転倒だ。せっかく星野くんが初めてわたしに贈ってくれたプレゼントなのに。 「…あんたからもらったものをいつも身につけていなくたって。わたしの身体は川田だけが自由にできるものでしょ。それはお互いわかってるんだから、あんたもわたしも。何か目に見えるものであえて縛らなくても。よくない?」 そう囁いて首を伸ばし、甘えるように奴の頬に頭を擦りつける。 わたしも口が上手くなったもんだ。そう思いつつ、 「プレゼントはそりゃ嬉しいけど。それがなきゃ駄目ってことにはならないよ。離れてる時にもので引き止めるより。こうして実際に一緒にいて、身体をくっつけ合うことの方が。よっぽどわたしたちには大事じゃない?」 「…うん」 奴はぎゅむ、とわたしを両腕でぬいぐるみみたいに思いきり抱きしめた。よかった、これで何とか通用したみたい。 「そうだな。離れてる時にいつも思い浮かべてもらうより。実際にこうやって触れ合ってる方がずっと大事だよな。…あいつには、これは。絶対に手に入れられないものだもんな」 そう言ってわたしを振り向かせ、唇を重ねてくる。ちょっと無理な姿勢だけど。 奴の貪るようなキスに身体の深いところが反射的に疼かないこともない。…やっぱり、これ。結構好き。…かも。 わたしも欲情に結局流されて、押し負けしてるな。そう思いながら何とか奴の唇を振り切り、その頭を優しく弄って囁いた。 「そうだよ、あんただけなんだからわたし。今はほんとに…。久しぶりだから早めにここ、着いちゃった。ずっとするばっかりじゃ一泊二日保たないから。…まずは、お昼。川田も多分まだだよね?何か二人で。一緒に作ろうか?」 あのクリスマスの日。包みを開けてそこに指輪を見たときうっ、と正直言葉に詰まったのは事実だ。 世の中にはいろんなプレゼントがあるし。女性に贈るものだって、一般的に言って花とかケーキとか、いやクリスマスにケーキはそれとは別か。それでも服やバッグや靴、小物。身につけるものだっていくらでも種類がある。貴金属だって。 ピアスはわたし、穴を開けてないから無理だな。それでもイヤリングとかブレスレットやブローチ、アンクレット。いくらでも他にあるんじゃないかな。それからやっぱり、ネックレス。 星野くんがそこを選択したのは、一応結婚指輪のほかに結婚前に婚約指輪も贈ってくれたからだぶるのを避けた、ってこともあるだろうけど(小さいけどちゃんと鑑定書付きのダイヤがついてた。わたしが心底気が引けて、頑張ってそれと張るくらいの腕時計を速攻で贈ったのは言うまでもない。ちなみにその指輪は絶対失くさないよう大切に奥にしまってある〕。 わたしに気を遣わせないよう、あまり高価すぎるもの、重くないものを選んだってこともあったと思う。夫婦ではあるけどわたしたちはそういう距離感だから。収入が別でお財布を分けてるせいなのかもしれないけど。値段が張れば張るほどこっちはラッキー、丸儲け。って感覚はやっぱり持てない。高価いものは普通に申し訳なくて気が引ける。 クリスマスにものを贈り合うのだって、彼はちゃんとそんなわたしの気持ちを読んで配慮してくれてるんだとわかる。
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