第13章 これからは二人きり

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第13章 これからは二人きり

結局はあの騒動のあと、なんとなく川田がわたしの夫公認の正式の愛人みたいな立場になって。いろんなことがいっぺんに表に噴出してきて一体どう決着するのかと気を揉んだ割には、全て平穏に収まるところに収まりつつあった。 相変わらず朝の強い星野くんに頑張って対抗して何とか平日、気持ちばかりのできる範囲の家事をする。夜に帰宅するときには既にすっかり用意されてる彼の作った美味しい夕食を、二人でテーブルを挟んで毎晩向かいあって食べて。そのあとは以前のように片付けが済んでもお互いすぐに自室に引っ込んだりしないで、とりとめもなくお喋りしながらなんでもない時間を共有するようになった。 そういう意味では雨降って地固まるで、二人の間の距離はずいぶん新婚当時より縮まった気がする。 なんたって家族だし。リビングより自分の個室の方がほっとして安らげる、って感覚もだいぶ薄まってきた。 この人の前では形を取り繕ったり気構えしなくていいんだもん。結局裏も表ももう全部知られてしまって、今さらかっこつけられるところなんか全然、残ってないし。 そうやって家庭はわたしにとって自然と寛げる、安心できる場所になりつつあった。たまに実家に行くと早く自分の家に戻りたいな、他人んちはなんだか落ち着かないやって思うくらい。 そして週末。 わたしと星野くんはそれぞれ思いおもいに支度を済ませ、じゃあ、また明日ね。と挨拶を交わして出かけていく。お互い行く先はわかってるので誰に気兼ねすることもない。川田はいつもそんなわたしたちのことをつくづく変な夫婦だよなぁ、と突っ込む。 「それぞれ相手公認の恋人と週末を過ごすのが習慣になってるなんてさ。そこまでいくと結婚て何の意味があるのかな。もういっそ、俺の奥さんになる方が合理的じゃない?」 「いいの。うちはこれで」 あいつと別れろ、が禁句だからってその表現は許容範囲なのか。面倒なので軽くいなして済ますけど。そもそもあんた、恋人ってわけじゃないじゃん。とあんまり本質を突くのも気が引ける。 身体の関係があって一応固定した仲で、毎週のように会う習慣になってればそれは『恋人』って言えるのか。やっぱり恋愛感情のあるなしを考慮しないと。こいつをそう定義するのは正直違和感があるな。 無論星野くんと彼女の方は掛け値なしの本物の恋人同士だ。少し羨むような、寂しい感情をそこに感じないこともないけど。 セックスの相性がいい気楽で寛げる友達、っていうのも案外思ってたより悪くないって自然と思うようになってきた。 焦がれるような、きりきりと締め上げられるような切なさなんて相変わらずわからない。でも、こんな遠慮のない気の置けない関係も、充分心と身体を満たしてくれる。 心では夫と繋がってる感覚があって、一方では隙間の虚しい時間をセックスありの長年の友人が一緒に埋めてくれる。足りないものや何かを渇望する感覚はなくて、これはこれで結構いいかも。と胸のなかで独りごちる。 わたしは結局運がよかったのかもしれないな。最近は時折そんな風に思ってる自分に気づく。 つまりは今、この現状に満足してるってことだろう。一時はどうなることかと危ぶまれたけど、結局は何もかもが明るみに出て星野くんに知られたことで、かえってよい結果に収まった、って次第で落ち着きそうだった。 平穏なリズムの定まった生活は時間の進み方が早い。いつしか秋も過ぎ、わたしたちの上に冷たい冬が訪れようとしていた。 「それでは、楽しいクリスマスを祝して。…乾杯!」 つまり、メリークリスマスってことかな。わたしは脳内で香那さんのオリジナルな声かけを変換して呑み込み、みんなと一緒にグラスを掲げて唱和した。 テーブルを囲んでいるのは香那さんと車椅子に座った鳴沢さん、それから通いのヘルパーの方。ここでは鳴沢さんのお世話は香那さんに任せて、ゆっくり寛いでもらいたいとの心遣いで彼女を挟んでひとつ離れた席についている。なかなか気難しい夫だから、やっと相性のいい拘りのない明るい方が見つかって、本当にありがたいのって香那さんはわたしに笑顔で説明してくれた。 それから言うまでもなく星野くん、そしてわたし。全部で五人、規模としてはささやかだけどさすがセレブ!って感じの華やかでセンスのいいメニューが食卓に溢れるように並べられている。 わたし的にはあの夏休みのとき以来の鳴沢家。今回は正式にクリスマスパーティーに夫婦で招待された。星野くん経由でお誘いを頂いたときはえ、わたしなんか。お伺いしてもいいの?とまじで躊躇した。
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