第13章 これからは二人きり

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「ええと、あのわたし。…マナーもなんもなってないし。セレブのお宅のパーティーなんか、足を踏み入れたこともないから、ど庶民の家の子だもん。星野くん、わたしのことは構わないから楽しんできてよ。妻は仕事で予定が詰まってて、とか適当にごまかしてさ」 怖気づくわたしに、彼はちょっと面白がる表情を見せて言った。 「茜さん、案外気弱なところあるんだね。いつでもクールで物怖じしないで堂々としてるってイメージだけど…。大丈夫、パーティーって言ったって。ほんとに身内だけだよ。鳴沢さん夫婦と常勤のヘルパーさん、そこに僕たちだけ。君の知らない他の招待客なんていないから。普通にいつも通りでいいよ」 なんか君、ゆったり余裕で既に上流社会のお宅に馴染んでるよね。まるで向こう側の人間だよ。とか口にも出来ず、わたしは力なく抗弁した。 「そうは言うけど。普段の動きやすい格好ってわけにいかないでしょ。わたし、せいぜい仕事に着ていく服くらいしか持ってないよ。いくら少人数ったって、パーティーはパーティーじゃん」 「そっか、思えば僕、君に何にもプレゼントとかしたことなかったな。せっかくの機会だから、ちょっと特別な時に着るためのいい服でも一緒に買いに行こうか。君に似合いそうな」 かえって藪蛇になった。いいこと思いついた、みたいに目を輝かせた星野くんが本気っぽく見えて思わず焦る。 「いいよ、そんな勿体ない。普段会社に着てけないようなドレスとかなんて。その値段で何枚か余計に服買えちゃうじゃん。それにそのあとどうせ着ていくとこもないし」 必死でそう言い張って辞退する。星野くんはどういうわけか、二人でわたしの服を買いに出かけるってアイデアが気に入ったみたいでだいぶ粘ったけど。 「別に、何回も着倒さなくてもいいと思うけど。正装の用意があっていつでも着られるってだけで安心感があって気持ちが落ち着くってこともあるだろうし。それに多分、友達の結婚式とか。何か使えるシチュエーションあるかもしれないよ?」 「いやぁわたしの友達。相変わらずまだ誰も結婚する気配ないし…」 腰が引けた状態で言葉を選びつつやんわりと断りを入れる。それに自分たちもそうだったけど。最近は完全に身内だけで友達まで結婚式に招ばないパターンも増えたと思うし。何もそのための衣裳まで用意するほどのことでもなくない? そうやってのらりくらりと抵抗してたら、結局ある日彼からこう告げられた。 「あのさ。当日の服装のこと。香那さんに相談したら、普段の格好で全く問題ないって話だったけど。彼女がせっかくだから、自分のドレスがいくつか箪笥の肥やしになってるから。いい機会だから試しにいろいろ着てみて、気に入ったら好きなの持って帰って?って言うんだけど」 「ええ、そんな。申し訳ないよ。だいいちそういうのってお高いんでしょ?」 わたしは完全に気が引けて遠慮した。でも星野くんは軽く肩をすくめてあっさり片付ける。 「でも、もう普段着るような機会もないし。こんなにあるのに出番がなくて勿体ないなってずっと思ってたんだって。頂くかどうかはともかく、借りて当日着せてもらうくらいはいいんじゃない?きっと君なら似合うよ。あの人とサイズもそんなに変わらないと思うし」 「うーん体型はまあそうだけど」 わたしは苦虫を噛み潰したみたいな顔になって唸った。見た目というか、雰囲気がね…。天と地かな。 それでも、お借りするだけなら確かにありがたいかな。これ以上服装に悩まなくて済むし、と心は動いた。まあ似合うわけはないんだけど、現実問題として。 当日約束した通りパーティー開始時間より少し早めにお伺いすると、香那さんは既にかなりの浮き浮きっぷりでわたしを待ちかねていた。 「洋記くんはじゃあここでお茶でも飲んで待っててね。茜さんはこっち。…嬉しいな、あなたが眠ってる衣裳を引き取ってくれたら。好きなのいくらでも持っていっていいよ」 わたしは初見の鳴沢家本宅。どう見ても洋館、としか表現しようのない雰囲気の広々とした邸宅に恐れをなしつつわたしはさっさっと歩みを進める彼女の後をついて長い廊下を小走りに進んだ。既に身につけているシックなロングドレスが全く違和感なく自然に見える。香那さんの横にいたらこっちは子どものハロウィンの仮装みたいに見えるだろうなぁと考えるだけで気が滅入った。星野くんの前で、まるで罰ゲームだ。 招き入れられた部屋を、失礼にならない程度にさっと見渡した。ここが香那さんの個室かな。リビングから続き部屋になってる方へと移ると、そこは寝室で作り付けの大きなクローゼットもあった。ていうか、ウォークインクローゼットっていうより。小さめの衣裳部屋だ、これ。 「寒色系と暖色系。どっちが似合うかな、茜さんには?ぱっと見クールでシャープな顔立ちだから。大人っぽい雰囲気が合うような気もするけど。話してる時の表情とか仕草はやっぱり年相応の活き活きした可愛らしさがあるから。明るい華やかな色も似合うと思うのよねぇ…。どうせだからいろいろ、着てみましょうか」 案の定即興のファッションショーが始まった。取っ替え引っ替えあれもこれも、ちょっと着てみてと彼女は次々と引っ張り出してくる。腕組みして試しすがめつするみたいに目を細めてわたしを見た。
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