第14章 そろそろ、どうでしょう

1/11
19人が本棚に入れています
本棚に追加
/25ページ

第14章 そろそろ、どうでしょう

学生時代からずっと続いてたわたしの乱脈なセックスライフがようやく終了し、それにつれて身の回りの空気も次第に落ち着きを見せ始めたような気がする。 約束通り翌日の日曜日は観念して川田の許へと赴いた。まさかね、と思わないこともなかったが。奴は案の定張り切って、わたしと過ごす初めてのクリスマスを準備して待っていた。 「数日早いけど。お前とこういうの、今までなかったもんな。なんか俺、ずっと彼女もいなかったし。改めてこんなの照れるけど」 ちゃんと小さなツリーも飾ってあって、ケーキやチキンも用意されてた。わたしは心底恐縮して奴に弁解する。 「こんなちゃんとしてくれると思わなかったから。普段通りのつもりで来ちゃったけど…。でも、今度こういうのあったら事前に言って?わたしも一緒に手伝うよ、用意。あんただけにさせて申し訳ない」 奴はがば、とわたしを抱きしめて浮き浮きした声で言い返した。 「それじゃサプライズになんないだろ。いいんだ、俺が勝手にやったことなんだから。お前は気にしないでただ楽しんでくれたらいいよ。それが目的でしてることなんだから」 きちんとプレゼントも用意されてて本格的に気が引ける。もちろんそんなの頭の端にも浮かんでなかったわたしがぺこぺこ謝ると、川田は胸にぐっ、と顔を押しつけてきつく抱きしめて黙らせた。 「もういいよ。無理ない、今までこういうの贈り合うこともなかったんだもんな。…これからは普通の彼氏彼女みたいに。今までしてこなかったことをいろいろ、一緒に体験していこうな」 いやそれ、おかしいから。…わたし、あんた以外の人と。既に結婚してるんですけど…。 既婚者になった途端、長年のセックスフレンドを正式の彼氏に昇格しなきゃならないなんて。常識外れにもほどがある。こいつ、そのことについては。違和感感じてないのかな? その日はいろいろと気後れを感じてたせいか、結局遅くまで奴の図に乗った激しい欲求に応じて様々な変態的行為をさせられて、ぐったり使い果たして這々の体でタクシーを呼んで何とかその日のうちに帰宅した。 平日の本番のクリスマスイブには、ありがたいことに鯖の味噌煮ではなくて(いや本当に。あれもすごく、美味しいんだけど)ちゃんと星野くんが簡単なクリスマスディナーを用意してくれた。 川田のおかげでわたしも学習して、向こうからはなくても気持ちは見せるべきだと考えて念のため彼へのプレゼントを準備してあった。星野くんの方もしっかりわたしへの贈り物を差し出してくれたから、これは本当に助かった。 クリスマスに男女でプレゼントを贈り合う、って発想自体三十年生きてきてこれまでなかったもんな。ありがとう川田、と内心で感謝し胸を撫で下ろす(無論川田には後日改めて厳選したお返しの品を贈呈しておいた)。 「マフラーだ。そういえば僕、ちゃんとしたの持ってなかった。そろそろだいぶ襟元が寒いな、と思ってたとこだったんだ。色遣いも上品で綺麗だね、ありがとう。茜さんはさすが、趣味がいいな」 ありがたい言葉に恐れ入りながらついあれこれと弁解する。 「星野くん、通勤は短いから。そんなに必要ないのかなとも思ったんだけど、鳴沢さんちの辺りは少しこの近辺より気温低いはずだから。向こうに行く時はあった方がいいかも、と思って。全然使わないってこともないかなと…。意外に自分では買わないかもと思ったの。それより星野くんのプレゼントも素敵。こんなの男の人からもらったこと、わたし、ないから」 恐るおそる包みを開けた途端、つい嬉しくなって目の前に持ち上げてしばらく飽かず眺めてしまった。水のような色に輝く小さな石のついた、シンプルなデザインの繊細なネックレス。 星野くんも気後れしたように言葉を添える。 「茜さんの誕生日、三月だから。調べたらアクアマリンが誕生石なんだね。あまり値段も張らなくてささやかなものなんだけど…。誕生日にはもっと。頑張るから、何でもリクエスト考えておいてよ」 「そんな。気持ちだけで充分だよ」 確か星野くんの誕生日は六月。まだ結婚して間もない頃で、お互いどう接していいか迷ってるような時期だった。新婚生活のどさくさ紛れで、きちんとお祝いしてあげた記憶もないのに。自分ばっかりちゃんとしてもらうのはさすがに気が引ける。 「わたしこの前の星野くんの誕生日に何もしてあげてないから。そしたらその日にお互いの分、いっぺんにお祝いしようか?それならいいよ、全然。星野くん、何か欲しいものある?」 なんか想像したら今から浮き浮きしてきた。当日はどうせ川田も自分と過ごせと談判して割り込んでくるだろう、なんてことその瞬間には思いつきもしない。 星野くんは生真面目な顔つきで頭を振った。 「そんな。もう終わった分のことはいいよ。またすぐ次の誕生日が来ちゃうんだし…。でも、こういうのってなんだか新鮮だな。僕はあんまり女の子とちゃんと付き合ったこととかないから。誕生日やクリスマスを決まった誰かと祝ったりするの、経験がないんだよね」 そうするとやっぱり、彼の『初めて』は推察通り香那さんだった可能性が高いな。とちらと考えたのはおくびにも出さず、わたしは弾んだ声で請け合った。 「わたしもだよ。だけど、これからは星野くんがいるから。特別な日を一緒に過ごせると思うと、なんか楽しい。…あの、もちろんわたしが一番優先じゃなくてもいいけど。これからもよろしくね」 あくまでも彼女が先、でも別にわたしは構わないし。と思って慌てて付け足すと、彼はふわと目許を和らげてわたしを見た。 「そんなこと。家族が一番優先なのに決まってるよ、ああ…。でも、僕も別に二番目でも気にはしないよ。川田くんは自分優先じゃないと承知しないだろうから。だけどそこはきちんと気を配りながら、僕たちも一緒の時間を作っていこうね」 いやあいつのことは。今この時はもうどうでもいいよ…。 そして待望の年末と三が日。わたしは星野くんと二人でまとめて落ち着いた時間を過ごせてすっかり満足だった。 星野くんのご実家を訪問して、年始の挨拶をして。ご両親と和やかに楽しい時間を過ごせた。それから翌日はわたしの実家。両親と妹の前でなんとも面映ゆかったけど、ごく普通の新婚の若夫婦として扱われるのも結構悪くないな、と気をよくする。 社会的にこの人の正式なパートナーとして認められてるのはわたしなんだ。そう思うとちょっとだけ、ふわっと気分が浮き立たないこともない、かも。
/25ページ

最初のコメントを投稿しよう!