2385人が本棚に入れています
本棚に追加
ハッと気が付いた時には、藪中は友人である男と会話を交わしていた。
楽しそうだった。その笑顔はいつもと違って少し幼く見えた。普段は大人びていても、彼はまだ二十代前半だ。若く青年らしい姿は、ただ眩しい。誉は思わず目を細めた。
(声を掛けたいけど……)
踏み止まった。楽しいひと時に水を差してしまわないだろうかと、遠慮が駆けたのだ。誉は彼が出てくるのを待つ事に決めた。
しかし状況が変わる。扉の影に身を潜め様子を窺っていると、さっきの女性が藪中へと駆け寄ってきたというわけだ。彼女がオメガだとはすぐにわかった。微量ではあるが、フェロモンが漂っていたからだ。同じオメガだからこそ感じ取った香りだ。発情期が近いのだろう。藪中も匂いを感知したのか、険しい表情をしていた。
そんなオメガの彼女が、わざとらしく足を躓かせたのだ。振り返った藪中が、その小さな体を優しく受け止めた。藪中と密着した彼女の顔はたちまち蕩けた。
最上級のアルファ、藪中路成が欲しい……そんなオメガの本能が見て取れた。
(……私以外のオメガが、彼に触れるなんて)
黒い感情が腹の底からやってくる。
これは何だと心で自問しながらも、誉は藪中に付着した臭いを消すようにして抱擁を強めた。彼の汗ばんだ首筋や広い肩に頬擦りをしては、自分のフェロモンで他のオメガの香りを上書きしていった。すると――。
「誉さん、もしかして……ヤキモチ妬いちゃいました?」
「――っ!? ち、違います! ただ嫌ってだけで……っ」
弾くようにして顔を上げた。嫉妬という、みっともない感情を指摘されて思わず反論した。
「だから、それがヤキモチでしょう? 嬉しいです。それ……男としては、たまらないです」
ふふっと、笑われたかと思うと、頬に唇の感触を受けた。優しい口付けだった。
最初のコメントを投稿しよう!