特別番外編(前編)

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(そういえば……)  マスクを外しながら考える。  そして気付いた。ここ十日ほど、藪中とゆっくり会えていなかった事に。連絡は毎日取り合っているが、研究に追われる日々だった。藪中も多忙を極めており、すれ違いが生じていた。 (……今夜、彼のマンションに……行ってみようか)  腕時計を確認すると二十一時を指してした。種欲しさに訪問するのも些か気が引けるが、それ以上に会いたい気持ちもあった。それに……。 (そろそろ……恋しい)  素直な感情が堰を切った。体を重ねる時間も持てていなかったからだ。 「っ……!」  前回の情交が過った途端、腰奥に切ない疼きを感じた。誉は思わず頬を染めて俯いた。厭らしいと、自己嫌悪に陥りながらも、体も本能も、運命の番である藪中路成を求めてやまない。勿論、この心もだ。 (よし……)  連絡をしよう。誉は白衣のポケットからスマートフォンを取り出した。通話履歴を開き、藪中へとコールした。  しかし、彼が電話に応じる事はなかった。  それから何度電話を掛けても、アプリトークを送っても何故だか藪中からの折り返しはなかった。トークに至っては既読すらつかない。いつもならすぐに連絡を返してくれる彼だ。もしかしてスマートフォンが手元にないのか。それとも見られない状況にあるのか。  不思議に思った誉は、駅に向かう道中で、藪中の付き人である西野へと連絡を入れた。彼はこう言った。 「路成様なら、ご友人達とスポーツクラブにいますよ」と――。  高校時代の友人達とバスケットボールを楽しんでいるとの事だった。それで連絡がつかないのかと納得する中、バスケが好きで時々集まってはプレイをしていると、出会った頃に交わした藪中との会話を思い返した。西野の話によると、終わるまでまだ時間はかかりそうとの事だった。    今夜、会うのは時間的に厳しいだろうか――。  悩む様子を電話越しで覗かせていると、西野が「クラブに来てみますか?」と提案した。それも悪くないと誉は場所を尋ねた。  クラブは理生研から車を走らせて十五分ほどの距離あった。誰もが知る高級スポーツクラブだ。すぐに迎えに上がりますと西野は申し出たが、誉はそれを断り、タクシーを拾う為に大通りへと急いだ。
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