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小早川が自分を好いているという噂は確かに聞いていたが、藪中は見向きもしなかった。
いいアルファを自分の物にしたい。注目を浴びたい。溺れるようにしてアルファと身体の関係を持ちたい。そんな小早川の本質を見抜いていたからだ。
瀬尾のニュアンス的には、今も彼女が藪中に恋心を抱いているとでも言いたいのだろう。
(有り得ない……俺は、誉さんしかいらない)
冗談はやめてくれと言わんばかりに、藪中は苦笑いを浮かべたあと、愛してやまない番を想った。それだけて心は喜びに満ちた。
「まぁ、いいや。それより、このあと行くだろ?」
「うーん……どうしようかな」
瀬尾の問い掛けに藪中は渋った。
プレイ後は皆で飲みに行くといったコースが決まりとなっているのだが、今日は乗り気になれなかったのだ。壁に掛けられた時計を確認すると、二十一時半を過ぎていた。
(誉さん、もう仕事終わったかな……)
脳裏に誉の姿が過った。ここのところ、ゆっくり会う時間を持てなかっただけに、気持ちは募るばかりだった。
「瀬尾、悪いけど俺、今日は帰るよ」
気持ちはすぐに決まった。会いに行く以外にないと、誘いを断った藪中がコートを去ろうとする。
「えっ、マジかよ!? ヤブには聞きたい事、山ほどあるのに!」
瀬尾が帰る事は認めないと言った風に食い付いてきた。
「聞きたい事?」
何をだと、尋ね返したところで、瀬尾はニヤリと口角を上げる。
「惚けるなよ。お前『番』を作ったんだって? 噂で聞いたぞ」
「そんなにも噂になってる? どこで聞いたんだよ」
特別隠しているつもりもないが、誉との事は、まだ大きく公表していない。
しかし、噂とはなんだと、藪中は疑問を投げかけた。
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