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追いかけても追いつかない。
視界の端に捕らえたと思うとすぐに角を曲がってしまう。
その姿をはっきり確認することすらできずに。
そんなふうな追いかけっこを随分続けた気がした。
気づいたら、廊下は行き止まりになっていて。
その、行き止まりの壁にはドアが一つついている。
ずっと、掠めるような姿だけを追ってきたわけだが、途中で他の部屋に入った様子はなかった。
つまり、馬鹿兄はここに入ったと思われる。
しかし、コウヘイはここにきて初めて、あれ?もしや人違いだったか?と首を捻った。
いくら単純でお人好しなキッペイでも、初めてきた場所でこんな建物の奥深くまで入り込むとは思えない。
しかも、何度か掠めるように捕らえた後ろ姿は、単独だったと思う。
つまり、誰かに導かれてここまで来た様子はなかったわけで。
と言うことは尚更、一人でなんかこんなところまで入ってくるはずがない。
コウヘイが追いつけないほどの速度で進んでいたのだから、行き先も目的もはっきりしていたはずで、迷い込んだというのも何か違う気がする。
つい、その姿を追いかけることに夢中になってしまって、そんなことにも気がつけなかったなんて。
コウヘイは、ホールに戻ろう、と踵を返した。
その瞬間。
音もなくそのドアが開いて、身構える隙を一切与えられずに背後から首をホールドされた。
あと少し力が加われば確実に落とされる、というギリギリの絞め技だ。
「こんなところまで尾行てくるなんて、僕に何か用かな?」
聞こえてきた声は、穏やかで優しい、おっとりとした喋り方。
それなのに、絞めている腕は少しも揺るがない。
一応コウヘイだって武道に精進している身なのに、全く反応できないぐらいの素早さで攻撃をしかけてきた相手だ。
相当デキると見た。
そう、通りで出逢ったあのタカハラとかいう男といい勝負かもしれないほどの。
コウヘイは、ほんのり相手に興味を抱いたけれども、とりあえず今は腕の力を緩めて貰わないことには、苦しくて話もできそうにない。
「……あのさ、別に、あんたを尾けてきたわけじゃねえし。俺はただ、兄ちゃん…じゃなくて、兄とあんたを間違えただけで」
息苦しい中で、相手がそれで納得するかは疑問だけれども、とりあえず真実を口にする。
「……お兄さん?君の?」
のほほんとした話し声だけを聞いていれば、本当にほのぼのしているのに。
「ぼんやりしてる奴だから、変なとこに迷い込んじまったのかと思って……回収しようとしただけ、だ」
だから、離せ。
そう言いたかったのに、最後までは言葉にならなかった。
きっちりと絞まったその技が、ジワジワと決まってしまっていて。
コウヘイは、言葉の途中で意識を失ってしまった。
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