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そんなわけで三人は、カブキタウンの入り口の門をくぐった。
遊郭という場所は、出るのに厳しく入るのは容易いというイメージがあるが、ここカブキタウンには入るのにも入念な身元チェックがある。
何故なら、稀少な存在である「雄」は漏れなくフェロモン駄々もれの非常に魅力的なヒトであることが多いので、「雄」に逆上せて過激なファンやらストーカー紛いになるヒトが後を立たないのだ。
耳に埋め込まれたIDチップはもちろん、指紋及び虹彩認証という三重チェックで本人確認を取られ、登録されたレッドカードの人物でないことを確認された上に、入念な持ち物検査までされ、ようやく中へと入ることができる。
「ここがカブキタウン、かぁ」
キョロキョロと興味津々で辺りを眺めているのは、誘った張本人のタカフミだ。
広々とした通りの両脇に、建物がぎっしり建っている。普通に飲食を供するお店や、雑貨屋、薬屋、はたまた土産物屋なんかもあったりして、ぱっと見には普通の歓楽街のようにも見える。
アミューズメントパークのように多くの人で賑わっているけれども、しかし、普通の歓楽街と違うのは、建ち並ぶ店の合間合間に他の店とは少し様子の違う建物――つまり、遊郭が遊郭と言われる所以である「楼」と呼ばれる「雄」の囲われている建物があることだ。
一口に「楼」とくくっても、その建物の様子には個性がある。
やたらに派手で煌びやかな建物や、高級嗜好の重厚そうな建物、センスのいい瀟洒な建物、素朴さを求めたシンプルな建物……などなど、その店の雰囲気が外観からも見てとれるようになっていた。
いかにもおのぼりさんよろしく、の様子丸出しのタカフミに、コウヘイがフン、と鼻を鳴らした。
「誘っといて、お前も初めてかよ」
「はあ?お前ってさ、俺、年上!呼び方もっとあんだろ?」
鼻で馬鹿にしたように笑って生意気言う友人の弟に、タカフミはギャンギャン噛みついた。
コウヘイは肩を竦めて素知らぬ顔をしている。
困ったような苦笑いをして、キッペイが弟の頭を軽くはたいた。
「今のはコウヘイが悪い。タカフミさん、だろ」
「兄ちゃん、でも」
「でも、じゃない、ちゃんと謝れって」
いつもは頼りなげなくせに、こういうとき、キッペイは決して自分を曲げない。
大好きな兄に叱られて、コウヘイは渋々謝罪の言葉を口にする。
「悪かったよ、タカフミ、サン」
ツン、とそっぽを向き、明らかに不貞腐れた態度だけれども。
「コウヘイ、それじゃ謝ってる態度じゃねえだろ」
なおも怒ろうとするキッペイを、タカフミは止めた。
「もういいって、キッペイ。いちお謝ってくれたんだしさ、俺、言うほど気にしてねえよ。そもそもこんなとこで口論してると目立つし」
初めての遊郭で、いきなり出禁にされたらイヤじゃん?
言われてキッペイは、彼らの小さな諍いが意外と周りの目を引いてしまっていることに気づく。
ここは遊郭で、大人の街だ。
ただでさえ、学生の彼らは浮いているのだ。
「はぁい、学生サンたち」
不意に、いかにも軽い声が三人を呼び止めた。
「もしかして、遊郭ハジメテ?」
声をかけてきた男は、ニコニコと愛想のいい笑顔で、しかし彼らの行く手に立ち塞がる。
「まだどこの楼にも上がってないんなら、ウチに来てみない?最高の“雄”がいるよ?」
どうやらその男は、客引き、と言われる男のようだった。
しかし、コウヘイもタカフミも、二人してキッペイを庇うように前に立ち、険しい顔をする。
とはいっても、三人の中で一番背が高いのはキッペイで、二人が前に立っても少しも隠れていないのだが。
「楼は自分たちで選ぶから、ご心配どーも」
そうタカフミが険のある声で言えば、コウヘイもギロリと男を睨む。
「お前みたいな下品な男が客引きしてる楼になんか兄ちゃんを連れて行けるか」
それはちょっと言い過ぎなんじゃ、とキッペイが止める間もなかった。
初心者感丸出しの若造に蔑まれた男が、サッと気色ばむ。
「ハア?誰が下品だぁ?!」
マズイ、とキッペイは慌てた。
何がマズイって、自分たちの身の危険を感じたわけじゃない。
相手の男の身の危険を感じたのだ。
弟のコウヘイは古武道である剣道の達人だ。
更に、友人のタカフミは喧嘩が物凄く強い。
それに、ついさっき、ここで喧嘩はよくないという話をしていたところではないか。
身構える二人に、落ち着けって、と声をかけるも、完全に戦闘態勢の二人には届いていない。
頭に血が上っているらしい相手も、ヤル気満々だ。
このままでは乱闘が始まってしまう、と思ったそのとき。
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