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「道の真ん中で何をしてる。邪魔だ、どけ」
低い声が、四人に向かって降ってきた。
淡々とした声なのに、何故か有無を言わせぬ力を感じて、三人は思わず振り返る。
ヒョロリと背の高いキッペイよりも、数センチ上背がありそうな、しかし、キッペイとは違ってキッチリ鍛えられた引き締まった身体つきの男だ。
コウヘイとタカフミが、僅かに息を呑むのを感じて、キッペイは驚く。
彼らが気圧されているということは、この男はかなり強い。
しかし、それよりも更に過剰な反応を示したのは、三人に声をかけてきた軟派な客引きの男だ。
彼は、男を見るなり、ヒッと声にならない悲鳴を上げ、ガタガタと震えながらその場にしゃがみこんだのだ。
「さ、騒がしくして、悪かったよ、タカハラの旦那……」
タカハラ、と呼ばれた男は、特に凄むでもなく至って普通に見えるのに、この怯えようだ。
「お前の商売の邪魔をする気はないが、こんな初心な学生を揶揄うのはほどほどにしておけ」
そう言い捨てると、タカハラは振り返りもせずに歩いて行く。
「待って!」
パッとタカフミが駆け出した。
タカハラという男を追いかける。
足を止めない男の前に回り込んで、通せんぼするかのように両手を広げて立ちはだかった。
「何だ、まだ何か用か?」
彼は、唇の端を少し歪めて笑う。
歩みを妨げられたことを不快に思ってもおかしくないのに、どちらかというと面白がっているかのように。
「あの、えっと……」
タカフミは、そうまでしておきながら、なんで自分が咄嗟にそんなことをしたのか、言葉がまとまらなかった。
腕っぷしに自信のある自分よりも、明らかに強い男。
そう感じ取って、物凄く興味を引かれた、それだけで身体が勝手に動いていたのだ。
「た、助けてくれて、ありがと」
「礼なんか必要ない。俺が声をかけなくても、お前たちはあの男を軽く熨せただろう?」
その男はそう言って、軽く肩を竦めた。
そして、その言葉を褒め言葉と取ったのだろう、少し頬を紅潮させたタカフミのキラキラ輝く瞳を見て、また僅かに微笑む。
「ただ、遊郭に出入り禁止になりたくなかったら、あんなつまらない男相手に喧嘩沙汰を起こすのは止めておけ」
タカハラはつと、手を伸ばした。
学生三人の中で一番小柄なタカフミは、彼の胸あたりまでしか身長がない。
なので、タカハラからはそのクルクルのくせっ毛の小さな頭がつむじまでよく見える。
柔らかそうなそのくせっ毛を、彼は伸ばした手でクシャクシャと撫でた。
「社会勉強のために楼を覗くんなら、この先、少し奥まったところにある“星景楼”に来るといい。この街で一番の名楼だ。客筋も上品で、お前たちのようなひよっ子にも鷹揚に接してくれる」
それだけ言うと、ほんの僅か名残惜しげにもう一度クシャリとタカフミの頭を撫でて、足早に歩き出す。
振り向きもせず、こう付け加えて。
「もし、門前払いを喰らわされそうになったら、タカハラの紹介だと言え」
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