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「ここが、星景楼、か」
三人は、メインの通りからは少し引っ込んだ路地の突き当たりに建つ重厚な建物の前に立っていた。
その建物は他の楼とは格が全く違うのが、彼ら初心者にもはっきりとわかる。
入館には、遊郭に入るときよりも更に念入りな身元審査やボディチェックが必要なようだった。
あのタカハラという男の推薦とはいえ、ここはちょっと敷居が高過ぎるのでは……と、三人は一様に思っていたのだが。
入口でチェックに当たっていた屈強な男が、どうする?と視線を交わしている三人に気づいた。
「お客様」
見かけのゴツさによらず、丁寧な呼びかけだった。
「タカハラのお知り合いの学生さんたちでいらっしいますか?」
その名前に何故かドギマギして、タカフミは小さく頷く。
そのひとは、彼らが無駄ないざこざを起こさないよう、ちゃんと話を通しておいてくれたのだ。
なんだかホワンと心が温かくなった気がした。
それにしても、一体彼はどういう素性のひとなのだろうか。
老舗の楼に顔の効く、客引きの男に異常なほど恐れられる男。
一応、形ばかりのチェックはしたものの、三人はすんなりと楼の中へ通される。
入り口を抜けると、目の前に広がるのは吹き抜けのホールだ。
煌びやか過ぎず、かといってシンプル過ぎず、適度に重厚感のある品のいい調度品の設えられた広々とした空間。
そこに集うのは、場所に相応しい落ち着いた雰囲気の大人の男女だ。
さながら、立食パーティとでもいうような雰囲気で、飲み物を片手に思い思いに談笑している。
三人は雰囲気に若干呑まれながら、おずおずと足を踏み入れた。
ウェイターとおぼしき黒服の若い男が、シャンパングラスの乗ったトレイを片手にスッと寄ってくる。
「お飲み物はいかがですか?」
確かにこれは、学生のうちに社会勉強として覗きに来る意味はあるのかも、とキッペイは思う。
今はまだ学生だから、多少の不手際があったり常識的でない行動をとってしまってもなんとなく許されそうな気がするけれど、社会人になってから初めてここに足を踏み入れたなら、とんでもない失敗をしてしまいそうだ。
緊張で喉が渇くから、ただのお水を貰えますか、とさっきのウェイターさんに貰った水は、仄かに柑橘系の香りのする淡い微炭酸のもので、水一つとってもどこか洒落ていてドキドキする。
その水をチビチビと飲みながら、キッペイは「壁の花」とはこういうことか?という状態に落ち着いていた。
好奇心旺盛な人懐こいタカフミは、積極的に見知らぬ人にも話しかけに行き、人波の中に消えてしまった。
キッペイの側を離れまいとピッタリ隣をキープしていたコウヘイは、トイレに行ってくるから絶対にここを離れるなよ、と何度も念を押しながら心配そうに振り返り振り返りしながら去って行き。
この先、一体どうやって「雄」が今夜の相手を選ぶのだろう?と遊郭のシステムについて、一人静かに思いを巡らせていたキッペイは、ホールが小さくざわついたのに気づいて顔を上げた。
ホールの真ん中にある螺旋階段を、優雅な足取りで数人の男たちが降りてくる。
ただそれだけのことなのに、ホール全体が彼らに釘付けになっているのがわかる。
キッペイも、彼らから目が離せない。
誰に言われなくてもわかった。
彼らが「雄」だ。
「雄」のお披露目の仕方は、楼によって異なる。
お見合いのように「雄」と客を対面させ、互いにいいと思えば種付けができるというスタイルや、普通の歓楽街にあるホストクラブのように写真を見て指名すると「雄」がテーブルに来てくれて話ができ、更に気に入って貰えれば種付け部屋へと招かれるというスタイル、或いはもっと手軽に、合コンのような形からのお持ち帰りみたいな感じで種付け部屋へと移動するスタイルなど、多種多様だ。
そしてどうやら、この「星景楼」では、パーティスタイルでのマッチングがなされているのだろう。
客たちもそれなりに品があり、「雄」に群がって争ったりしないという前提があってできる方法だ。
ゆったりとした足取りで降りてきた男たちは、にこやかに客に微笑みかけ、挨拶しながら一人一人と短い会話を交わし始める。
客にはそれぞれに「推し」の「雄」がいるらしく、それはどうやら男ならポケットチーフの色、女なら綺麗に整えられたマニキュアの色で控えめに知らせているらしい。
「雄」はその色を目安に、自分を推してくれている客に優先的に話しかけているようだ。
キッペイたちのように、初心者でまだ推しのいない客はもちろん何の色も纏っていない。
というか、一応スーツ着用では来たけれども、まだ彼らはスーツを着ているというより着られている感があって、ポケットチーフだなんて不釣り合いもいいところだろう。
推しのいない客であっても、自分を推してくれる客との会話で、ピンとくる今日の種付け相手が見つからなかった「雄」が声をかけてくれることもあるらしい。
手持ち無沙汰にそんな様子を眺めていたキッペイは、「雄」が降りてきたことで華やかに活気づいた会場に、更なるどよめきが起こったことに驚いてグラスを変に傾けてしまい、軽く噎せてしまう。
「すごい、今日は双頭のおでましだ」
「御二人とも降りていらっしゃるなんて、初めてじゃないか?」
「今日来た客はラッキー過ぎる」
ざわめきの中から言葉を拾うと、どうやらこの「星景楼」のツートップが降りてきたらしい。
階段の周囲には人が群がっていて、どんな「雄」なのかは少しも見えなかったけれども。
そんなに人気があるヒトたちなら、せっかくここまで来たのだからチラリとでも見てみたかった気もする。
キッペイはそう思いつつも、だんだん壁の花でいることにも飽きてきたのと、楼のシステムや様子なんかもだいたいわかってきたので、コウヘイが戻ってきたらタカフミを探し出して帰ろう、という方向に気持ちが傾いていた。
もう社会勉強としては十分な経験だったと思う。
就職して二、三年する頃、ちゃんと子どもを産む覚悟を決めて来るときには、きっと今日の経験が役に立つはずだ。
それにしても、コウヘイはどこまでトイレに行ったのだろう?
まさか迷子になっているんじゃ……とキッペイは、手にした空のグラスを近くにいたウェイターさんに返して、コウヘイが歩き去ったほうに移動してみようと踵を返した。
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