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なんでこんなことになったんだろう、とキッペイはぼんやり考える。
キッペイはヒョロイとはいえ、一応180センチを超えている高身長男子だ。
それなのに、軽々とお姫様抱っこをされて、螺旋階段を上がっている。
怪我をしているといけないから、と、そのひとに有無を言わさず抱き上げられてしまったのだ。
彼を抱いている腕は安定感があって、落とされる心配とは無用そうだけれども。
それでも、自分の足が地についていない上に、隙間から階下の見える螺旋階段という足場を上がっていく何とも言えない恐怖心が、つい、そのひとの首にしがみつくような形になってしまっていて。
キッペイ?とタカフミの声が遠くに聞こえた気がした。
そうだ、俺、タカフミとコウヘイにちょっと席外すって伝えないと二人が心配するんじゃ……。
「あ、あの」
声をかけると、そのひとは至近距離にある顔にほんのり悪戯っぽい笑みを浮かべた。
笑顔一つで、さっきからずっと暴走状態の心臓を、更に制御不能にさせるそのひとは、キッペイの瞳を真っ直ぐに見つめて、その低い、聴くだけでゾクゾクと背筋を震わせる甘い声で耳許に囁く。
「私は、ユサ、だ」
名前で呼んで欲しい、と暗に言われて、キッペイはまだ抱っこされた状態のまま狼狽える。
「ユサ、様?」
「ユサ、でいい。様だなんて、なんだかよそよそしいから、君にはつけて欲しくないな」
「えっ?ええ?う…じゃ、じゃあ、ユサ、さん」
一々キッペイの反応が楽しくて仕方ないように、彼は笑う。
「君の名前は?」
「キッペイ、です」
「そう、キッペイ……どこか痛む?」
抱き方が悪かった?
気遣うように聞かれて、違うんです、とキッペイは首を横に振る。
「ホントにどこも痛くないんで、あの、俺、自分で歩けますし」
確認とか必要ないですから、と言いかけて、それももちろん言いたかったことだけれども、そうじゃなくて。
「あと、俺、ツレがいるんで、あの、急に消えたら心配すると思うんで」
ホールに戻りたい。
そう、最後まで言わせては貰えなかった。
「心配しなくても、君の連れにはちゃんと伝言をするよう伝えておくから」
螺旋階段を上りきった先は、フカフカの柔らかそうな絨毯が敷き詰められた廊下が、真っ直ぐ奥へと続いている。
キッペイはその絨毯の感触も確認することはできなかったけれども。
迷いのない足取りで、ユサはその廊下を奥へ奥へと進んだ。
廊下の途中には、幾つもの扉がある。
このフロアは、下のホールで「種付け」の権利を得た客が通される「種付け部屋」のあるフロアなのだ。
そう気づいてキッペイは、さっきからもうどうしようもなくおかしくなっている鼓動が、更に跳ね上がるのを感じた。
こんなところまで「社会勉強」にくるつもりはなかった。
子どもを産む、というのは、国民に課せられた義務だ。
もちろん、身体的な事情で出産に耐えられない人や、妊娠しにくい或いはできない人も少なくはなくいて、そういう人々は子どもを持つ義務は免除される。
だけど、特に事情のない大半の人は、税金を払うのと同様に、大人になれば遊郭に通い、種付けをして貰うのが、なんていうのか、いわば社会の流れのようなものだ。
社会に出て仕事を持ち、二、三年したら子どもを産む。
それが常識なのだ。
身体的な事情もないのに子どもを持たない社会人は、何かが欠落しているとされて昇進や昇給にも影響するとされている。
子どもがいない=「雄」に種付け相手として選んで貰えない、という認識になるのだ。
そんな裏常識がなくても、キッペイは、恵まれた家庭で愛情いっぱいに育ったこともあって、自分ももちろん子どもを持ちたいと思っていたし、できれば一人でなく兄弟を作ってあげたいとすら思ってはいたが。
今はまだ自分で稼いでもいない学生だ。
子育てにかかる費用は基本無償で、施設もあるわけだし、学生でも子どもを持っている人は少数だがいなくはない。
それでも、子どもを産むなら、自分で責任のとれる歳になってからにしたい。
だから。
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