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フロアの東側の一番奥、がどうやらユサの部屋らしい。
ユサがこの楼のツートップの一人で、間違いなく特別待遇なのだろうとわかる広々とした部屋だ。
派手さはなくても品の良さと質の高さが窺えるその部屋に足を踏み入れると、ドアの内側に立っていた人が、きっちりとした美しい角度のお辞儀をして出迎えてくれた。
「おかえりなさいませ」
「ただいま」
ユサは鷹楊に返事をし、そして言葉を付け加える。
「戻ってきて早々に悪い、カワシマ。ホールに行って、この子の連れに先に帰るように伝えてきてくれないか」
「かしこまりました。お連れ様のお名前を頂戴してもよろしいですか?」
顔を上げたそのひとは、キッペイが思わず見惚れて言葉を失ってしまうほど綺麗なひとだった。
ユサの端正さとはまた違う、華のような、そう「美人」とか「佳人」とかいう形容詞がピタリと当てはまるひとだ。
このひとも「雄」なのだろうか?
そう思わせるほど、匂い立つような魅力を醸し出しているが。
「お客様?」
促されるように問われ、キッペイはハッと我に返る。
ちょっと待って、なんだか問題な発言があった気がする。
「あの、ユサ、さん……俺、すぐ失礼しますから、二人には、先に帰るとかじゃなくて、少し待ってて貰うだけでいいんで」
その発言に、カワシマというその美人が僅かに片眉を上げた。
――あれ?俺なんか変なこと言った?
「そんなツレナイことを言わないでくれないか、キッペイ」
ユサは、半分面白がっているように、そして残り半分はどこか落胆したふうに、そう呟いた。
そして、カワシマに向かって肩を少し竦めてみせる。
「この私の魅力が、全く彼には伝わらないらしいんだ、情けないことに」
「それは御愁傷様です。世の中は広くて、貴方の思うがままにはいかないことも稀にはあるということですね」
カワシマは淡々とそう返事をし、ニコリともせずに問い返した。
「それで、私はどなたにどうお伝えすればよいのですか?」
「どうやら、この子たちは、タカハラの口利きでここにきたらしいから」
ユサの口から唐突に出た名前に、キッペイも驚いたが、何故かカワシマも少しだけ目を見張ったような気がする。
「ウガジンのところに行って、彼からキッペイの連れを教えて貰ってくれ。それで、先に帰るようにと伝言を」
わかりました、と再び綺麗なお辞儀をするカワシマに、キッペイは焦った。
「いえ、だから、俺、すぐに失礼しますって」
しかし、ユサは。
「君がすぐにホールに戻ったら、私は客にフラれた可哀想な“雄”として笑われてしまう……頼むから、今夜はここに泊まって貰えないか?」
そう言って、困り果てた犬のような、悲しげな顔をした。
「もちろん、君が望まないのに、無理に種付けをしたりはしない。約束するから」
気づいたらキッペイは、肯定の意思表示として首を縦に振ってしまっていた。
なんか思うつぼにはまってる?と思うも、嬉しそうに笑うその完璧な笑顔を至近距離で見てしまうと、まあいいか、と思ってしまったりして。
「あの……と、泊めていただくのはわかりましたから、できれば、下ろして貰えませんか?」
キッペイは、ボソボソとそう言った。
彼の身体は未だユサの腕の中に収まっていて、宙に浮いたままだったのだ。
「ああ、悪かったね」
ユサは、そのまま部屋の中へとスタスタ入っていく。
真っ先に目につくのは、広々とした部屋の少し奥まったところにドーンと置かれている、何人寝られるんだろう?という広さのベッドだ。
嫌でもここが何をする部屋なのかを意識してしまう。
そのベッドの上に、そっと、丁寧な仕草で下ろされる。
そして。
「どれ?打ったところを見せて貰おうか?」
「……へ?」
何のためにここに連れてこられたのか、うっかり失念していたキッペイだ。
しまった、それも断りきれていないままだった!
「いやっ、あのっ!だ、だ、だ、大丈夫なんでっ、ホント!」
ベッドの上、必死に後退りして首を横に振る。
プッ、とユサが堪えきれないというふうに吹き出した。
クツクツと笑いながら、彼は軽く肩を竦める。
「そんなに力一杯拒否されると、さすがに傷つくな」
これでも私は、この星景楼で一番人気の雄なんだけど。
いやいや、これはなんというか。
今夜はとても楽しい夜になりそうだ。
ユサは、心の内でそう呟いた。
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