第二話

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第二話

「すみません、トイレはどっちですか?」 コウヘイは、ホールの入り口付近に立っていたウェイターに訊ねる。 あちらです、と言われ、入ってきたのとは別の、示された方向のドアを出た。 どうやらホールに沿っているのか、長い廊下になっている。 トイレはその途中にすぐに見つかった。 用を済ませて手を洗いながら、コウヘイは大きくため息を吐いた。 兄のキッペイが心配だから、こんなところまでついてきたものの、どうにもこういう雰囲気を楽しむ気にはなれない。 ――そもそも、自分は。 性に関わらず妊娠できるという今、男女の区別は身体の見た目の違いのみと言っていい。 ヒトはみんな、出産を目的に「雄」に種付けして貰うのとは別に、恋人や配偶者を持つのが普通だが、その恋愛対象が異性であるべきという常識は、失くなって久しい。 それは、当然といえば当然かもしれない。 男女により子どもを為すという摂理がなくなったのだ。 ならば、パートナーに異性を求める必要はないわけで。 でも、それでも。 配偶者間で子どもを為す必要がなくなり、同性間の恋愛に全く偏見はなくなっても。 近親間の恋愛だけは、未だに根強い禁忌が消えないのは、何故だろうか。 そもそも、近親間の恋愛がタブーなのだって、子どもを為すという前提があって、血の繋がりが濃くなっていくと種として淘汰されやすくなる、という遺伝的な理由からきているわけで。 子を為すのが「雄」との間にしか成立しないのであれば、近親間だとて恋愛は自由なのではないか。 そんなことをグダグダ考えてしまうのは、コウヘイがずっと心に秘めている想いのせいだ。 人の気も知らないで、暢気(のんき)遊郭(こんなところ)に社会勉強に来たいだなんて、本当にあの鈍感兄貴は。 つまり彼は、血の繋がった実兄(キッペイ)を、もうずっと愛しているのだ。 種付けはいわば医療行為のようなもので、それに嫉妬するなんて馬鹿馬鹿しいことだけれども。 それでも、身体を重ねる快楽を伴い、愛を交わすのと同じ行為をすることは間違いないわけで、自分の恋人や配偶者が遊郭に行くことを手放しで喜べるひとはいない。 ましてやキッペイは、まだ恋人の一人も作ったことがない、そういう意味では本当に初心(うぶ)なはずだ。 そんな経験の浅い学生がこんなところにホイホイ遊びにきたりして、ワルい雄に誑かされたりしないか、騙されて貢ぐようなことにならないか、心配事は尽きない。 早く戻って見張っていないと。 そう思って、コウヘイはホールのほうへ戻ろうとしたが。 視界の端を、キッペイによく似た背格好の男が一瞬掠めた気がした。 チッ。 コウヘイは心の中で舌打ちする。 あれほど動かないで待ってろって言ったのに、人の言うこと全然きかないアホ兄貴が。 コウヘイは、ホールに戻るのとは逆方向の、廊下の角を曲がって消えた人影を追いかける。 一体どこに行くつもりなんだ、あのマヌケは。 よく知りもしない建物の中をフラフラと、探検でもするつもりなのか?
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