おなか空いたねー

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   その夕方は、朝ご飯を食べたきり、何も口にしていなかった。  隣で一緒にしゃがんでいる友人も、同様だ。  智実たちはその日、1日ずっと行動を共にしていた。  須美ちゃんが言った。 「おなか空いたねー。なんかないかな。」  スカートのポケットをさぐり、「あった!」と智実に見せたのは、10円のチョコ菓子だった。  キャラメル入りのそれを、無理やり半分にちぎって、須美ちゃんは、片方を「はい!」と智実に差し出した。  智実は、とても不思議だった。おなかが空いているのなら、自分でぜんぶ食べればいいのに、智実に半分くれるという。余るからではなく、智実が要求したからでもなく、半分こしようという。  智実のきょうだいには、食に関して損得にうるさい奴がいた。特におやつの際にはよくケンカになった。ある日ヨーグルトを器になるべく均等に分けた智実が、きょうだいに声を掛けながら一番に器を取ったせいで、自分用に多いのを作ったという濡れ衣を着せられて、腹を立てた智実が配り役を放棄する、なんてこともあった。  食べ物に関してはそんな育ちだったから、自分の分も足らないのに、分けてくれるという友人の行動が、智実には理解できなかった。  だけど、他意のなさそうなその顔を見て、素直に受けとることにした。 「ありがとう。」  寒い日だった。冷えたキャラメルは相当に固かったのだろう。受け取ったチョコには、指紋がバッチリついていた。  智実は口に入れながら笑ってしまった。  須美ちゃんは、「んー、甘いね!」と言って、笑顔を見せた。  そののちのことだ。『授業を受けない不良娘』の智実が、母親の冷たい睨み目を無視しながら、携帯用のクッキーを焼くようになったのは。  初日、材料の加減を間違えて、まるで瓦せんべいのようになったそれを、「下手くそいけど」と言いながら差し出すと、須美ちゃんは、「上手いね」と言ってくれた。「瓦せんべいとしては?」と智実が尋ねると、「かわらせんべいってなぁに? こういうのなら、好きだな」と食べ歩きしながら、クルリと一回転した。ふふっと笑った須美ちゃんの息が、一瞬、羽のように白く舞った。
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