7.『万華鏡の星空の中で真実は明かされる』

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「メッカ?」 「なあ、メロ」  フェカは褐色のコートに身を包む怪人を呼んだ。 「何だい、メッカ君」 「お前……何で私らの名前を知ってンだ」  ふ——とメロは笑った。 「中庭で名乗ったじゃないか」 「いや。名乗ったのはお前だけだ、メロ」  私らは名乗ってない——メッカは更に声色を変えてそう言った。  ふ——とメロがまた笑う。 「いつから、どうやって私らの名前を知ったんだ?」 「ずっと前からさ」  不定形の顔は——笑った。 「実はね。君達には伝えてない事が——いや、伝えなければならない事があるんだよ」 「伝えてない事……?」 「君達の友人。そうミュラミラ、だったかな」 「まさか……」 「彼女を殺したのは」  私だよ——。  メロは功績でも表明するかのようにそう告げた。 「え……?」  フェカはメロの言葉を聞いた途端、心臓の鼓動のリズムが乱れる錯覚に囚われた。それは、ミュラミラの死を知ったあの朝よりも衝撃的で——。  棺に入れられたミュラミラの姿が、カメラのフラッシュのように頭に浮かんだ。心という架空の器官が締め付けられる。 「そん……な……」  嘘だ——フェカは声に出そうとしたが、声帯が麻痺してしまったかのように、声が出ない。  メッカは、何も言わずにメロを睨み続けている。 「嘘じゃないさ。黒服の、あの少女だろう?」  これが——。そう言ってメロは涅色のコートの懐からナイフを取り出し、床へ放り投げた。ナイフは回転しながら床を滑り、フェカの足元で止まった。 「彼女——ミュラミラを殺したナイフさ」 「クソがあ!」  メッカがメロに向かって駆け出した。手には森で拾った木の棒が握られている。 「クソッ、クソッ、クソォオ!」  メッカは枝を無茶苦茶に振り回して、メロに迫った。  しかし——。  枝はメロに容易く掴まれてしまった。 「クソッ……」  メッカはそれを引き抜こうとするが、枝が反るだけである。 「まあ落ち着いてくれよ」 「落ち着けるかよ!」  メッカは枝を諦め、メロの腹に蹴りを入れた。それでもメロは一、二歩後退して服を払うだけで、まるでダメージにはなっていない。 「どうしてッ。何でコロしたんだよ!」  ふ——と、メロはまた厭な笑みを作った。 「屋敷(ここ)から君たちのことは何度か見させてもらっていたよ。他人との関係が淡白になりがちなこの時世に珍しい。よくこの近辺を歩いてるね。実は君達に近付いた事もある。本当に仲が良いようだ——いや、良かった、か」  メッカは何も言わなかった。項垂れて、けれども視線はメロの顔へ向けたまま。その双眸は不気味なほどにギラついていた。感情が目から溢れ出ているようだった。 「そう。丁度あの日。君達が門から出た時。私も近くにいたんだ」  フェカは、まだ状況を飲み込めずにいる。  ——殺した……?  床のナイフを見つめる。  刀身は波打つような奇妙な曲線を描いている。血は——着いていない。しかしフェカの目には、刃先は赤く濡れているように見えた。そこにミュラミュラの顔が写ったような気もして——。 「どうして」 「ある時、私は君たちを見て、ふと考えたんだ。君達のうちの一人を殺せば、物語を観ることができるかもしれない——とね」 「もの……がたり……?」 「そうだろ?」  今この世界(ものがたり)を読んでいる、数少ない読者たちよ——。  誰に向けたのか、メロは星々を仰いでそう告げた。 「殺せば何かが起こる——私はそう確信したよ。そこに丁度——まるで何者かの意思によって用意されたかのように、この屋敷の近くに彼女が訪れた。そして、殺した。君達の反応を煽るためにわざわざゴミ溜めなんかに置いてみたりもした」 「ふざけるな……。何が物語だ。そんな物の為にお前は……! アイツを——ミュラミュラをコロしたのかよッ!」  今にも飛びかかりそうなメッカの腕を、フェカは掴んで止めた。 「何で止めんだよフェカ! コイツは、コイツはミュラミュラをコロしたんだぞ!」 「でも、駄目だよ……」  ああ、と声がした。 「誤解はするなよ。まるで私が自発的にやったと思っているようだが、違う。私にそう思考させ、行動させた者がいるのだ」  メッカがフェカの手を乱暴に振りほどく。 「誰だよ……ソイツは」  ふ——と、メロは笑う。それから円蓋の闇に一際輝く蒼い流星に視線を遣り、 「露隠端月(さくしゃ)さ」  メロは静かにそう言った。 「サクシャだ? 誰だよソイツは……」 「私は所詮傀儡(くぐつ)。神の(もと)では、ただ操られるのみ——だよ」 「え?」  ——その言葉は。  フェカは何かを思い出す。  ——確か……。 「ふざけンな!」  メッカが一喝する。 「サクシャがやらせた? カミだ? そんな訳の解らん物のせいにしてんじゃねえよ! やったのはお前じゃないか!」 「作者とは、無慈悲に運命を刻む者の事である。そう、私は、そうするように仕向けられただけなのだよ。刻まれた運命に従っているだけさ。だから」  殺人という行動は私の意思であって、けれども私の意思ではない——そう言ってメロはメッカから奪った枝を部屋の隅へ放った。 「まあ、ミュラミラ君とフェカ君は施設で色々とあったという設定があったようだけどね。今回はそれとは関係ない」  それは語られるのかな——と、漆黒のコートに身を包んだ殺人犯は、蒼い星に尋いた。 「おそらく露隠端月(さくしゃ)は、ミュラミラが殺されれば物語がどう動くかを見たかったんだ。そしてその役を私に与えた。それだけのことさ」  ふざけるなッとメッカが叫ぶ。 「お前の言ってる事は一つも解らねえ! お前がコロした事には変わりねえだろうが!」 「ではどうする? 捕まえるか? それとも私刑を下すかい? 君が」 「くっ……」  メッカは動かなかった。  ふ——と、メロは笑った。 「まあ良い。私は役割を終えたので立ち去るよ。メッカ君の私刑は怖そうだ。私はもうすぐ消えると思うから、追うなら今のうちだよ」  そんな訳の解らない言葉を残し、メロはウェースターを連れて床扉から屋根裏部屋を出た。  メロの足音が消え、やがて物音一つすらしなくなり、しんとする。  立って俯くメッカは、一言も喋らなかった。  長い沈黙の後に、漸くメッカが動いた。フェカの足元に落ちていたナイフを拾い上げる。 「帰ろう」  メッカは無気力にそれだけ言って、メロが使った床扉を開けた。 「うん」  気が付けば、作り物の星空は消え、ただの照明と化していた。万華鏡の円盤の回転が止まり、中身が沈殿したせいだろう。  ——あのメロが。  ミュラミラを殺したんだ。フェカはまた、事実を嚥下できない異質な感覚になる。  ——あのナイフで。  フェカは項垂れる。自分の足が見えた。あの奇妙な形の凶器はもう無い。メッカが持ち去ってしまったのだ。  そのメッカは、もう居ない。階下(した)に下りたのだろう。  フェカは開け放たれた床扉を潜り抜ける。螺旋階段は、来る時に感じていた程には長くなかった。一階までほんの二、三分である。  エントランスホールに出る。  物音一つしない、吹き抜けの空間である。埃だらけの床には折れた木材なんかが落ちている。 「メッカ?」  フェカは呼びかけるが、返事は無い。  屋外へ出て、まっさらな庭を流し見る。  ——いない。  またホールに戻る。 「メッカ……?」  やはり返事は無い。  ——上階(うえ)かな。  何の意匠も無い手摺を伝って二階へ上がる。  書斎の部屋を開けても、やはり中には誰も居なかった。  階下からぎィと音がしたので欄干から覗くと、階段の背後から幽かな光が漏れていた。  ——中庭?  窓から中庭を見下ろす。崩れた木材の上で横たわる金髪の少女の姿があった。  フェカも中庭へ行くと、やはりメッカが仰向けに倒れていた。  一瞬、寝てしまっているのかと思ったが、メッカの腕が動いたので、そうではないとすぐに判った。  雑草だらけの歩きにくい地面を進む。  フェカはメッカの顔を覗き込んだ。 「メッカ」  何だよ——と、メッカが力無く応える。 「その、大丈夫——だよね」  何が大丈夫なのか、それは尋いたフェカでも解らなかった。多分、メロを殺してしまっていないかの確認だろうと、フェカは遅れて理解した。 「ああ」  フェカが何かの残骸に腰掛けると、メッカはそれを避けるように、寝返って背を向けた。顔のすぐ前にはナイフが突き立てられている。 「ここ」 「え?」 「消えるんだってよ」 「は」  言っている意味が解らなかった。 「どういう——事?」  フェカの位置からではメッカの顔が見えない。見えるのは後頭部と背中だけである。  けれども——だからこそ、だろうか。メッカの言葉が嘘や冗談ではない事が判る。 「解らねえ。でもアイツ、言ったんだ」  この世界も、神によって書かれた物語にすぎない——メッカはメロから言われた言葉を、おそらくそのまま告げた。  ——その言葉って。 「そう言ってアイツは——消えたんだ。私の目の前でな」  フェカは思い返す。  トゥフファル・メロの名を。  以前にダウンロードした、古い詩集。長文が苦手だというフェカに、メッカが詩を勧めたのだ。  どうせならメッカでも知らないのが良いと思い、かなり古いものを選んだのを憶えている。  その詩集に、メロの名前が載っていたのだ。  ——確か。  その詩集の題は。  ——継ぎ接ぎ万華鏡。
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