4.取引所

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「月の通貨『ルナ』は誕生した十年前から暗号資産としてのみ運用されてきました。コインや紙幣は最初からない。存在はコンピューター上のデータのみです。実体が見えない」 「それは月にいる人間なら誰もが知っている。そんな分かり切ったことをなぜ今更説明するのですか」  ナカモトは小さく笑みを浮かべた。 「そうですね。キズミさんにこんなことを説明するのは、そう日本の諺で『釈迦に説法』でしたね。だからこそ、今、あなたはここにいる」  そう言ってナカモトはリクの瞳を覗き込んだ。すべてを見通すような澄んだ眼差しだった。 「単刀直入に申しましょう。我々と手を組みませんか。キズミさんは聡明な方だ。あなたたちと私たちの目的が究極で一致していることをすでに直感していますね。失礼な言い方になりますが、この任務はあなたたちの組織だけでは手が足りません。奴らの行動は緻密で複雑極まりない。キズミさんもご存じの通り、攻撃は日々熾烈になっています。工作員を月に一人送り込んだ程度で防ぎ切れるような代物ではありません」  それはリクが身に染みていることだ。すべてを一人で監視し、対策まで施すのは限界に達している。 「我々にしても、今は何とか対処できていますが、今のやり方ではいつまでもつか分からない状況にあります。我々は諜報機関ではありませんので、対処療法しか取れないからです。しかし、あなたたちには奴らの動きに関する有益な情報があり、先手を打てる可能性が生じます。我々が手を組めば、有効な防御システムが構築できるでしょう。『ルナ』が月だけのものになった以上、奴らの攻撃には月だけで対処しなければなりません」
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