18人が本棚に入れています
本棚に追加
/115ページ
リクが視線を遣ると、そこに一人の男がいた。歳の頃は…。二十代にも見えるし、四十代にも見える。もしかすると五十代なのかもしれない。髪は短く黒いが、若干白いものが混じっていた。顔つきはアジア系、身長は百八十㌢ほどありそうだ。白いTシャツに短パンという月の住人としてはありふれた格好をしていた。
リクが返事をしないまま、その男の顔を見ていると、男は軽く微笑んだ。
「人類の叡智を投入して開発が進むこの活気あふれる光景をみて、憂鬱な表情をする方はそう多くない」
リクは首を少し傾げた。
「もっとも私もあなたと同じ気持ちになることがありますがね」
そう言って男は目を細めて視線を遠くに投げた。
「私の気持ちが分かるのですか」
リクがポツリと言った。男は再びかすかに微笑んだ。
「分かりますとも。この光景をみて憂鬱になるには、それなりの理由がある」
それっきり二人は言葉を交わすことなく、しばらくの間じっと月面を眺めていた。
「どうです、一杯お付き合いいただけませんか。いい店を知っているんです」
長い沈黙の後、だしぬけに男が口を開いた。
「いい店…ですか」
地球ならこの誘い文句は常套句に近いが、人口十万人足らずのコロニーに気の利いた店などあるはずがない。リクが戸惑った表情をみせると、男は声を上げて笑った。
「店というか、場所ですね。気分が落ち着きますよ。さあ、行きましょう」
普段ならこのような誘いに応じることはない。それほど暇ではないからだ。しかし、今はなぜだかこの男に付いていきたくなった。物腰柔らかだが、どことなく隙のない風情のこの男に興味が湧いたせいかもしれなかった。
男が歩き出した。リクはその後をついて展望室をでた。
最初のコメントを投稿しよう!