死亡の証明を手紙で

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 “除籍謄本(じょせきとうほん)”なる戸籍書類の名前を知ったのは昨日のことだ。  二年半前に転職した会社の総務から、妻・絢華(あやか)の死亡を証明する『除籍謄本』を提出するよう指示があったのだ。会社からどこかの役所へ提出する書類として必要らしい。 「書類に奥さまの『死亡』の記載があることをしっかり確認して」と、総務からはクドく念押しされた。  絢華が死んでから、もう三年がたったんだ……、そんなことを考えながら、休みの今日、六歳になった一人息子、絢斗(じゅんと)を後部座席に乗せて、重い気分のまま地元のA市役所まで車で走る。  市役所の駐車場で車を停めると、後部座席から絢斗が、あどけない表情で尋ねてきた。 「お父さん、市役所へ何しに来たの?」  一瞬、言葉に詰まる。――お母さんの死亡を証明する書類、とは口に出したくなかったのだ。 「すぐ終わる。ちょっとした用事で来ただけだよ」  柔らかい口調で無意識に応じて、停車した車から絢斗と一緒に降りた。市役所の廊下を子供の歩調に合わせ市民課へ向かった。 「おはようございます」  朗らかな笑顔で、窓口対応したのは、生きていたら絢華と同い年くらいであろう、美しい女性だった。 「除籍謄本の申請です」  彼女が、丁寧に申請に必要な書類の書き方を教えてくれる。私は片手でさっと書類を受け取り、カウンターで、妻の死亡時の本籍地、つまり、絢斗が生まれてからの住所。フルネームと死亡年月日を、ぶつぶつ言いながら書いた。絢斗が顔を上げきょとんとしている。 「お母さんの名前と命日だよね?」  私は無言で判子を押し、最後に自分の身分証明書を提示する 「少々、お待ちください。よろしければ、そちらのソファーに……」 「時間かかるんですか?」  女性職員は、どこか物憂げにため息のような声を落とす。 「――いえ、すぐにお渡しいたします」 「なら、ここで待ちます」  私は腕組みして、カウンターの前に立ち、ぼーっと立ち尽くしていた。絢斗がシャツを摘むが気づかない振りを決め込む。  奥のデスクで、多忙そうにパソコンを操作する男性職員の脇を通り抜け、女性がカウンターのトレーの上に書類を載せて置く。私は嫌々、除籍謄本を両手で開き、絢華の死亡の記載を確認したが書かれていない。苛立ちを隠せないまま、彼女に詰め寄る。 「これ、死亡の記載がないじゃないですか」 「本市では、令和×年以降にお亡くなりになった方については、死亡の記載は御座いません」 「どうしてです?」  女性職員はふんわり髪を揺らし、カウンターを横から通り抜け、廊下へ出てきた。絢斗の前で両膝の上に手を置き、視線を合わし、薄い唇の端が微かに上がる。 「皆さんの心の中で行き続けているからです。坊やもお母さんのこと覚えてるよね?」 「うん!」  除籍謄本胸ポケットに入れ軽い足取りで、絢斗の手を握りながら市役所を後にする。
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