村上に宛てられた手紙

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 五年前に三十五年のローンを組んで郊外に建てたマイホーム、静まりかえった住宅街。 「ただい......」  ドアを開けた音が合図のように、ダンダンと階段を上る足音が聞こえる。逃げるような娘の後ろ姿だけが見えた。 「ただいま、お腹減ったけど何かあるかな?」 「……ん? 無いわよ、食べるなら言ってよー」  無表情だった妻の顔は一瞬にして曇った。 「あ、いや、いいよいいよ」  妻は大きなため息と共に立ち上がると、ダイニングテーブルの財布を取り俺の横を通った。玄関の閉まる音が聞こえる。  俺が悪いのか……  胸がきつく締め上げられるように痛くなる。それは恋や愛ではなく、後悔とストレスだ。  何か買って帰るか、食べて帰ればよかったのだろうか、だが財布の中の少ない小遣いを見るとそんなことはできない。腹が減ったなど言わなければこんな気分にならなかったのだろうか、いつもこうだった。何気に言った一言で後悔する。だからといって何も言わないでいるとそれはそれで嫌な気にさせてしまっているのではないかと気になってしまう。  今の自分を作り上げたのも自分だ。自業自得、そう思うしかなかった。  妻が引ったくるように財布を取った後、床に郵便物が散らばった。それを拾い集め起き直す。いつまでこんな生活をおくらなければならないのか、一番考えたくないことが脳内を圧迫する。  いっそ死んだ方が楽、台所にある包丁で一突き、痛いのは一瞬だ......  気がつくと俺は包丁を持ってキッチンに立っていた。  腹を刺すのを想像する。いや、首の動脈を切った方がいいのか、どちらにせよ今まで感じたことのない痛みを伴い、このキッチンは血の海と化すだろう。第一発見者は恐らく妻だ、彼女は初めて人の死体を見ることになり、大きなトラウマをかかえるかもしれない。  自分の父親は自殺した。そんな事実を一生背負って生きなければならない娘。彼女達はここに残って住むだろうか。いや、きっと住むとは思えない、自殺者が出た家という事実だけが残る、そんな家はたとえ築年数が浅いとはいえ買い手はつかない、売れたとしても格安だろう、やはり妻と娘に迷惑がかかる。  死にたいが死ねない、死ねないから生きている――――
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